みなみさんのご相談
こんにちは。ファッジさんや読者のみなさんのコメントのスーパー嫁っぷりにいつも笑ったり元気をもらっています。
私は嫁に来て20年間、これまで姑とはとても良い関係で過ごしてきました。姑は車で1時間半の距離に住み、私たち夫婦が行こうと思えばいつでも行けるけど、しょっちゅう行くにはちょっと遠いという、バツグンの距離感の場所に住んでいます。今でも「誰に世話にもなりたくない」と1人で元気に暮らし 、半年に1度くらい泊まりに行くと喜んで迎えてくれます。
ただ、姑も80歳を超え、義父も数年前に亡くなってしまいました。そこで姑が大病をした時に「そろそろうちで一緒に暮らしましょうよ。まずは病気が快復するまで、しばらくうちで療養してみては?」と、私の方から姑に提案して、うちに来てもらうことしにしました。
一緒に暮らすということは、血のつながった親でもうんざりする瞬間があるのが当たり前なので、覚悟はしていました。でも……。
大病した姑は、退院後小腸からバッグを付けることになりました。バッグの交換には、訪問看護の方が1~2日に一度は来てくれることになったので、すっかりお任せすることができました。それでも、やはり姑が自分でバッグ(つまりうんち)をあれこれしなければならないことが多く、大変でした。目の悪い姑はバッグの内容物が壁や床に飛び散っていても見えません。トイレは毎日悲惨な状態になり、汚れた床の上を歩いたあとそのまま家中を歩き回る姑に、慌ててトイレのスリッパを導入したのですが、足腰も弱っている姑は怖がってなかなか使ってくれませんでした。仕方なく、姑ではなく私たち家族が室内では常にスリッパを使い、自分たちのことだけは守る、という方法を取ることにしました。
私も姑と険悪なムードになることぐらいは覚悟していましたが、家中が汚物まみれになるという生活はさすがに予想以上で、ストレスがMAX状態になってしまいました。毎日、家に帰ると汚物のついた床が待っていると思うと、帰るのが嫌で嫌でしょうがなかったです。
結局、そんなこともあって私たちの関係もぎくしゃくしてきたためか、姑は3か月後にもう大丈夫だと自宅に帰っていきました。姑のいなくなったあと家中の掃除をしましたが、汚物まみれのベッド、絨毯などを掃除するのは体力的にも精神的にも本当に辛かったです。
姑は、その後もまだ1人で暮らしています。市のさまざまなサービスを受けるのも嫌がり(他人が自分の家に入ってくるのは怖いし、お財布からお金が無くなったかもしれないなどと余計な心配が増えるだけで嫌だというのです)、87歳になってもまだ元気に暮らしています。老人ホームだけは入りたくない、このままここで最後まで1人で生きる、と言い張ります。
私たち夫婦も姑のことが本当に心配なのですが、もうどうしたら良いのか分かりません。とりあえず、毎日夫が姑に電話したり短いメッセージを送ったりして、1日に1度は大丈夫かどうか確認しています。
ファッジさんがおばさまや義母さまの介護をトイレの世話まで立派にこなしていたのは、本当に頭が下がります。私にはできませんでした。
我が家は、これからどうしたらいいのでしょう。
夫は「なるようになるしかない。今はどうしようもない」という考えのようです。私も、姑が今の生活で幸せなら、それをできるだけ続けられるようサポートするしかない、と思います。必要なものなはないか、困っていることはないかこまめに聞いて、荷物を送ってあげたり、たまに会いに行ったりしながら。でも、同時に罪悪感も感じてしまうんです。私は同居してフル介護をこなすようなできた嫁にはなれなかったな、って。義父が亡くなる時に、ベッドに横たわる義父に「お義母さんのことはこれからもずっと大切にしますから」って約束したのに。
長々と愚痴のようになってしまってすみません。
でも吐き出せて少し楽になりました。
読んで頂き、ありがとうございます。
みなみさん、頑張ってますね。
介護って、お世話をするだけが介護じゃないですよ。
本人の気持ちに寄り添って、サポートは多少するけど、あえてそっとしておく介護っていうのもあります。
本人の満足度は、断然後者の方が高いですよ。
介護する側の満足度は、どちらかというと前者の方が高いですけど・・・。
きっと、本人にとって幸せなのは、見守って貰いながら自分の力で出来るところまで頑張って自分で生活出来る事じゃないかって思いますよ。
我が家の義父母も、結局、亡くなる2週間前まで、支援の手を振り切って、頑張るだけ頑張りきりましたよ。
もう本当に、周りはお手上げ状態でした。
最後に「もう無理」って言った時には、素直に支援の手を受け入れてました。
私達は、傍目には、放置したような酷い息子夫婦でしたけど、
義母の葬儀の時に、80代だっていうご婦人に言われました。
「あなた達、本っ当~によく我慢したわね。
この年齢になると、どんなにギリギリまで自分達だけで生活したいって
思っても、なかなか周りがさせてくれないの。
変な後悔なんてしなくていいわよ。
お母さん達、絶対幸せだったと思うもの」
って。
なんだか、あの言葉に救われました。
風花さん、ありがとうございます。
「本人にとって幸せなのは、見守って貰いながら自分の力で出来るところまで頑張って自分で生活出来る事じゃないか」
本当にそうですね。本人がどうしたいのかを一番に……というのは、分かっていても本当に難しいんだなぁと実感しています。本人がこうしたいは、私がこうしたい、とは違うことばかりですから(笑)
介護する側の自己満足のための介護にならないように、気をつけていきたいと思います
義母さまはご自身の排泄物は適切に処理されての一人暮らしなのでしょうか。それがすこし気になりますけど、一人暮らしで何とか過ごされているのですよね?
排泄物のお世話は本っ当に大変です。私も夫がメインだったとはいえ経験しました。介護は壮絶です。いい人悪い人関係なくなります。自分の中にこれほどの酷い感情があるのかと自分が恐ろしくもなるし、罪悪感という刃で自分で自分を傷付けます。
罪悪感について。
罪悪感をもつくらいなら一緒に住めばいいし、一緒に住めないのだから罪悪感は必要ないです。今別居できているのなら、罪悪感をもたなくてもいいです。義母さんのことを忘れるくらいでいいのです。
何故、いい子、いい嫁になろうとしているのでしょう。あなたはこの排泄物処理の経験から、もう金輪際それはやりたくないと思っていますでしょう?義母さんのそれをもうやりたくない極悪非道なあなたとして、自分たちだけ楽しく呑気に暮らしてもいいのですよ。
義母さんの心配をするフリはもう必要ありません。手がかかる状態になった途端に見放した、もう同居なんて嫌なんですよ。
どうしても同居や義父母さんのお世話から逃れられない人もいます。お世話の嫌さ加減は、人によって違うと思うので、誰の介護とも比較できないと思います。あなたはあなたの感情に素直になってもいいのです。幸い元気になられて一人暮らしにお戻りになりました。本当によかったですね。
旦那さんの言うことをちゃんと聞いて、何でも自分で決めないで、旦那さんの判断に任せることです。旦那さんを信頼できていますか。とても頼りになるおおらかな旦那様のように思いました。
介護卒業1年目さん、ありがとうございます。
たまに義母の家に行くと、一応しっかり掃除をしてなんとかやっていけているようです。トイレはおそらく大変なことになっているだろうな、とは思うのですが、義母の気持ちを尊重して義母専用のトイレやベッドルームまではのぞかないことにしています。
罪悪感を持って赦されたいと思うのは確かに甘い考えだな、と介護卒業1年目さんのコメントを読んで思いました。私は義母の汚物処理は嫌だ。同居しないで呑気に暮らしていきたい。そのことは、自分自身の闇として認めて受け入れなければいけないことかもしれません。そのことを自分でちゃんと分かった上で、幸せに暮らしていけばいいのかもしれませんね。
うちの夫は、確かに何かにつけて頼れる相手だと感じています。
男気のある人で、私のことも、義母のことも大切にしてくれます。
これからも、夫と一緒に義母のことを見守っていきたいと思います。
みなみさんは、十分にやっておられます。罪悪感を感じる必要はないと思います。ご夫君のおっしゃる通り、なるようにしかなりません。現状維持がベストだと思います。
私も似たような経験があり、一人暮らしの実母が足を骨折した際に、3ヶ月ほど同居しました。母はいわゆる「セルフネグレクト」で、身綺麗にすることを怠るので本当に困り、つい小言を言ったりしたもんです。
最後は実家で一人暮らしでしたが、毎週末、実家に通ったり我家に呼んだり、できる範囲で支援しました。母は少し寂しくもあったようですが、平日は気を使わずに生活でき、週末には手作り料理を食べるのが楽しみだと言ってました。白内障手術の時は、弟や妹が付き添いを手伝ってくれ「子供達にこんなにしてもらって幸せ者だ」と言っていたと聞き、あぁやってきたことは間違ってなかったのかな、と思いました。
相手に求め過ぎず、お互いに無理せず、できる範囲でやって行くのが、いいと思いますよ。
garyさん、ありがとうございます。
歳をとってくると、本当に身ぎれいにするのを怠る度合いが酷くなっていきますよね。うちの義母も、もともとはものすごく綺麗好きな人なんです。ファッジさんのギボさまには負けるけど(笑)昔の義母なら、汚物が床に少しでも残っているなんて、考えただけでも嫌で嫌で眠れなかったわ、なんて言っていただろうと思います。
「相手に求め過ぎず、お互いに無理せず、できる範囲で」ほんとにそうですね。これがまた、難しいことですが。
みなみさん、頑張っていますね。1日1回安否確認や、たまに行ったり、物を送ったり。大切なことだと思います。
もうすでに行っていることかもしれませんが、他にも同居でなくでもできることといえば、
・姑の近所や仲良し(信頼できる人)に自分たちの連絡先を渡し、何かの時には連絡くださいと伝えておく。
・配食サービスの導入(1日1回、手渡しで安否確認もしてくれる業者もある)
・姑の地域の行政サービスとつながっておく(地区の民生委員、地区担当保健師に自分たちの連絡先を伝えておくなど)
・姑自宅の冷蔵庫などに自分たちの連絡先を大きく書いておく(救急隊がわかるように)
お姑さんのお住まいの地域によりますが、踏み込んでよいものかどうかためらっている隣人の方もいらっしゃるかもしれません。連絡先を渡すのも悪用される心配のない人に限定されますが、知人の話では「リフォームのような工事が始まったが、知っているか」と教えてもらって助かった、ということがあったそうです。
また、配食サービスも呼んでも出てこないので家族に連絡したら家で倒れていたのを発見した、ということもあるようです。
ご参考まで…。
群青さん、ありがとうございます。
冷蔵庫に連絡先を張っておくのは、なんて良いアイデア!
今度義母の家に行ったらやってみます。
配食などのサービスは嫌がるんですよね……。近所のお婆さんが亡くなる前に、いつもうちの義母に配食サービスと行政のデイサービスの愚痴ばかり言っていたようで、それを荒唐無稽な噂までそっくり信じてしまっています。そして、知らない人が来た時にドアを開ける、というのが怖いらしいです。少しでも何かサービスを受けてくれたら安心なのですが。
義母の家のお隣さんは、義母が大病をしたときも真っ先に気づいて救急車を呼んでくれた方で、連絡先を渡してあります。本当にこういう方が近所にいるのはありがたいことです。
具体的なアドバイス、ありがとうございます。
つらいですよね
嫌な義母さんだったら帰ってくれてヤレヤレですけど
好きなんですよね
だからお世話したい、でもできない
介護アルアルですよね
いっぽうこちらがどんなにお世話できても
本人が一人でいたいというのを
無理やり同居したり施設に入れたりするのも
酷というものです
一日一度は誰かが家をチェックする方法をとって
いまは一人にしてあげたらどうですか?
その上で必要なことが生じたらヘルプするとか
87歳まで生きたら家で亡くなっても本望だとおもいます
家族だから100歳でもそう思えないですけどね