母から虐待を受けて育ち、今も母との関わりが苦しい…

藤花さんのご相談

実母との確執についての相談です。 私は50代、母は70代です。

私は幼いころから実母に虐待をされて育ちました。
そのことに気付いたのは、大人になってから虐待のニュースや記事を見て、自分がされていたことと同じだったからです。

私の母の最初の記憶は、、2〜3歳の頃だと思います。
叩くけるの折檻を受け、泣き声が外に聞こえないように、口には猿ぐつわ、両手足も着物の腰ひもで縛られて、真夏の暑い中、押し入れに閉じ込められていたこと。 (父には知られたくなかったのか、父が帰宅する前には出されていましたが、ぐったりしていました。今思うと、軽い脱水症状だったかもしれません。父や誰かに言うと、またひどい目にあわされるので、誰にも言えずずっと黙っていました。)
他にも、夜中に家を追い出され、行くあてもなく、公園でじっとしていると、帰宅した父親が慌てて探しに来てくれたり…
機嫌が悪いと、食事もさせてもらえなかったこともあります。
小学校中学年の時には、裸で追い出され、それをクラスの男子が通りすがりにはやし立てるので、物陰に泣きながら丸くなって隠れていたり・・・
この時、母は男の子たちの声が聞こえていたのに知らんぷりです。
成績は、兄よりも良かったのですが「女が頭がいいのはみっともない!」と、学年で1番になっても罵倒される、成績が落ちれば落ちたで「あんた、ばかやから」とののしられ、高校受験の時には難関私立に合格しても、「女に使う金はない」と入学一時金も払ってもらえずに、行き所のない思いで公立高校の入試を迎えないといけませんでした。
大人になってからも「あんたは家の恥だから帰ってくるな。兄の縁談の邪魔になる」と言われたり…

数えあげればきりがありませんが、人格を全否定されて育ったせいか、物心ついてからの写真には笑顔の写真がありません。
(そのことで、「あんたは愛嬌がない」とまた・・・)

大人になっても干渉は変わりません。
子どもたちがいる前でも「あんたたち(息子たち)は外孫だから。内孫をかわいがらんとね」「あっち(主人実家)で、娘の子のほうがかわいいにきまっている。あんたは嫁だから、向こうであんたの子がかわいがられるはずがない」など、矛盾したことを平気で言い放ちます。
ちなみに、兄嫁には私と張り合わせような煽るようなことばかりを言うので、私たちも兄夫婦(特に兄嫁)に疎んじられ疎遠になりました。
(もちろん、同じように私には兄夫婦のことを言いますが、「ああ、まただ・・・」と黙っています。)

実家父は、私と同じような性格で寡黙です。
そっと私に「言い返したら、何倍にも帰ってくるから黙っとけ」と言うくらいです。
また、「お前は母親の近くにいない方がいい。遠くへ嫁に行け」と遠方に嫁ぐときには味方をしてくれました。

離れて暮らす今は、少しは息ができるような感じです。
ただ、電話がかかってくるたびに動悸がして、その後何もできずにぐったりと寝込むので、電話に出ることもできなくなりました。
ナンバーディスプレイで実家の番号が出ると、体が固まってしまいます。
受話器を取ることができないこともあります。
(用があるときは、子どもたちが応対してくれます)

年を取り、残り少ない母に優しくしたいと思う反面、こちらの家の都合(仕事や子どもの受験)で帰省しないと「あんたがそういう気なら、何も残さん。兄ちゃんに全部やるから、よう覚えとき。財産放棄しろ!」という母の言葉にまたストレス性胸痛を起こしてしまうありさまです。
「母が死んだら、私は楽になれるのだろうか?」と恐ろしいことを考えてしまう自分も嫌になります。

同じような思いをされている方も多いと思います。
どうやったら自分の気持ちを切り替えていけるのでしょうか。
是非、ご意見を聞かせていただければと思い、ご相談します。
よろしくお願いいたします。

(これを書きながらも、涙が出て息も苦しくなってしまっています・・・
すぐにお返事ができないかもしれません。すみません・・・)


小さい頃の藤花さんに
『よく頑張ったね。』と伝えてあげたいですね

電話にでなくても、帰省しなくても
財産の話に参加しなくとも
すべて良いんです!藤花さんの自由にして良いんです!
親不孝でもなんでもない。
大丈夫、お母様にはお父様やご兄様がいますから。
お母様のサンドバック役でいる必要はないのです。
今のご家族を大切にすること
今のご家族から大切に思ってもらうこと
それが藤花さんの大事な役目です!
藤花さんの心を救うアドバイス、おねがいします!


カテゴリー: 実父母


母から虐待を受けて育ち、今も母との関わりが苦しい… への36件のコメント

  1. みー茶 より:

    初めまして藤花さん。
    あなたの文章が辛くてところどころ読めませんでした。
    本当によく我慢して頑張りましたね。
    よく生きていてくれましたね。
    こうして自分の生い立ちを書くのは大変辛い作業だったでしょう?
    書き進むごとに、あれもこれもと思い出したのでは?
    ウチの母親もかなりの人でした。そして子供を支配下に置きたくて仕方ない人。
    今でも罵倒されます。
    しかし最近分かってきたのです。
    母親は嫉妬してるんです。ヤキモチを焼いてるんです。
    いえ、そういう言葉を聞いた事はありません。
    私は3姉妹の長女。どうして他の妹と扱いが違うのか?悩みました。
    いろんなエッセイ、精神科の書籍など読みました。
    母親本人は気づいてないようですが、オンナとしての嫉妬です。
    どうして私だけがその対象なのか分かりませんが、多分第一子で他の大人からチヤホヤされる、成績も悪くない、スポーツもそこそこ出来る というのが面白くないんだと思うのです。
    妹1号は成績悪い、運動音痴だったので、同情が強かったようです(努力家で後では成績優秀、スポーツもまあまあになりましたよ。)
    妹2号は美人、成績優秀、スタイル良だったので、他の人から褒められる事が自分の自尊心をかなりくすぐったようで、可愛がるところが過保護でした。
    なので母親のヒステリックのはけ口は私だったようです。
    女性としていつも張り合うことばっかりで、1番驚いたのは「生理あるの?あんたにはまだ生理があるの?」と聞かれた事。
    聞かれた年齢も27歳位の時。普通バリバリありますよ。
    この時母親は更年期であがる寸前だったんですね。不倫相手から上がったオンナはオンナじゃない と言われたらしく、それで私に当たってきたんです(;´д`)
    この事から考えると、女性として嫉妬して張り合ってるんですよね。
    藤花さんのお母さんも同じかな?と。
    藤花さんにお母さんが辛く当たってるとお父さんが知ってるだけでも、気持ちが違いますよね。
    藤花さん、ハッキリ言います。
    アチラの方が先に死ぬんだと思って、気を楽に持ってください。
    そう思ってイイです。
    介護も期待してないでしょうし、財産放棄する気なら、介護はしません と一筆書いたほうがいいですよ。
    そうしないと嫁には言いづらい とか言い出して、都合よくあなたが使われます。
    心の中で絶縁してください。電話が来たら上っ面だけ付き合うように。

    そして、小さかった頃の藤花さんを思い出して抱きしめて上げてください。
    あなたは何も悪くないと、抱きしめて上げてください。
    今母親に昔の事を言っても無駄でしょう。
    いや、紙には書いて残しておいた方がいいですね。
    吐き出せば藤花さんの心が少しはマシになるかもです。
    藤花さんには旦那さまもお子さんもいますし、今の生活を第1に頑張ってください。
    本当に今までよく頑張りました。

  2. chika より:

    こんにちは。

    ファッジさんと同じ意見です。
    ナンバーディスプレイなら尚更出なくていいのですよ。
    「あ、実家からだ。出るのやーめよっと。」でいいのですよ。
    だって気分が悪くなるのですから・・
    よっぽどの用事なら、留守電かお兄さんから連絡があるでしょう。
    どうしても気になるのなら、3回に1回ぐらいの割合で体調のいい日に電話を取るぐらいでいいと思います。
    私も体調、気分のいい時にしか実家に電話はしません。
    せっかく気分が良かったのに、母と話して気分が悪くなったことも多々ありますので。

    「母が死んだら、私は楽になれるのだろうか?」
    私も時々思います。ああ、もう少し仲良くしたかったな・・とも思ったり、母に対して複雑な気持ちがあります。
    もう7,8年、こんな気持ちです。
    罪悪感持たなくていいと思います。

    大丈夫です。疎遠にしていたら、何となく遠くにいる人になってきます。
    身近に母親を感じられないのは淋しい、切ない、悲しい気持ちですが、
    どうしようもないことってあるんだと最近やっと分かってきました。

    気持ちの切り替え・・・としては、
    母親が優しい人になるとか、母に自分のことを理解してもらうとか、街中で見るような仲の良い母娘になるとか、という希望を一切捨てました。
    そのエネルギーを我が子に注ぐのです。
    まあ、私の場合、我が子に対しても上手くいかないのですけど・・
    そうこうしているうちに、母も何かしらで苦しかったんだろうな、なんて気持ちが湧いてきます。
    人って、苦しい時は我が子にでも手をかけるんだな・・と今は理解しました。

    少しでも助けがあれば、我が子を傷つけなくて済むと思うのですが、お母さんは全くの孤独だったんでしょう。

    もう放っておいていいのです。
    お母さんの孤独を埋めてあげなくていいのです。
    自分の体を守りましょう。

    お母さんは家庭を上手く作れなかったけれど、
    藤花さんの作った家庭はいい状態なんじゃないでしょうか。

    本当によくここまで生きてこられました。
    すごいことだと思います。

    穏やかな日々が訪れることを信じていきましょう。
    私もその真っただ中です。

  3. pen より:

    はじめまして。
    私は虐待といわれるような虐待はされていませんが、同じように実家の番号を見るのがつらい者です。

    藤花さんのされてきたことは、間違いなくひどいことです。本当におつらいことと思います。
    ファッジさんもおっしゃっていますが、今のままできるだけ離れて暮らすことだと思います。幸い、お父様やご家族の方は理解者であるように見えます。実家でのお母様のケアはお父様やお兄様におまかせし、電話もお子様にとってもらいましょう。私の経験では、同じようにひどいことを言われても、家族から言われるのと祖母から言われるのではダメージが全く違います。お子様はもう大きくなっていらっしゃるかもしれませんが、藤花さんがその分大事にされればよいと思います。連絡はお母様と直接やりとりするものは避け、定期的に葉書きや手紙などを出されてはいかがですか。
    今のまま近づいても、藤花さんにとってもお母様にとってもよくないです。お母様と離れていても、藤花さんがしっかり幸せになれば十分親孝行しています。また、藤花さんが幸せになれば、お母様も必ず幸せになっていきます。
    親といっても一人の自立した人間です。私は母を「お母さん」でなく「○○さん」として見るようになったとき、お互いのために母から離れようと思えるようになりました。離れたところで思いっきり幸せになろう、それで親孝行にしてもらおう、親孝行できる自分になろうと思いながら過ごし、接していると、母も変わっていきました。今では母もかなり穏やかになり、私はいまだに電話がとれないこともありますが、関係も改善されたと思います。
    関係性は変わっていきます。今はお母様と離れるべき時なのだと思います。離れたまま、藤花さんが傷つかない位置でお母様を大事になさってあげれば十分です。世間一般のような孝行に見えなくても、こんな優しい娘さんを持たれたお母様は幸せ者ですよ。
    あまり具体的なアドバイスもできず、すみません。乗り越えて藤花さんが思いっきり笑顔になれるようにお祈りしています。

  4. 水玉ねこ より:

    藤花さんはじめまして。
    藤花さんのコメント、涙しながら読みました。
    私も小さい頃から母に虐待を受けて育ちました。(私は30代、弟妹がいる長女です)
    一番最初の記憶は3才くらい、母になにか気に障ることを言ったのでしょう、数か月無視されました。あの頃の不安で不安で仕方ない気持ち、40近くなっても思い出し、涙が出ます。
    ごはんは同居の祖母が作ってくれていたので「ごはんがあたらない」ということはなかったのですが、それ以外の全ての生活で監視され干渉され、無視され叩かれました。
    気に入らないことがあると私が入っている風呂に入ってきて、ずっと説教でした。当然のぼせ、吐いても許してくれませんでした。「聞いてるの?」と責められ解放してくれませんでした。
    上の方のコメントにもあって私も思い出しました。生理の時、「何を言われるか…怒られる」と思って初潮の時も言い出せませんでした。
    のちにばれて、「何で言わないの」と笑われました。でも、それからナプキン代は私が自分でお小遣いの中から買うように言われました。当時のお小遣い300円。当然足りません。祖母に「ナプキンを買いたい」と言うとやがて母にばれて叩かれるので、「お菓子が食べたい」と嘘をついてお金をもらっていました。(それもばれて「浅ましい恥ずかしい」と叩かれました。)
    友達とそのお母さんのように一緒に買い物にも旅行に行くこともなく、楽しくごはんを食べた記憶もありません。
    常に「余計なことをして…お金がかかる」「あんたはだらしない」。短大にも行かせてもらいましたが、学費以外は出してもらえず全部バイトで賄いました。卒業式も成人式も「お金ばかりかけて」と叱られ続けました。(着物は一番安いものをレンタルしました)

    自己肯定感が低くて、「いつ死のう」とばかり思っていました。
    でも30才を過ぎる頃、ふと思いました。
    「あの母に、『愛されたい』と努力しても無駄なんだろうな」と。
    どんなに理不尽な母の要求でも、応えたいと頑張っても、決して気に入ってもらえず罵られることに疲れました。
    きょうだいのなかで一番悪いのはいつも私。
    何をしても気に入ってもらえないのも私。
    「もう、無理だ」と悟ってからは、気持ちも少しだけ軽くなりました。
    母にも「愛されたい」とも思わず、淡々と「年配女性」として接するようになれました。

    それなのですが、最近、私の中で母とは完全に縁を切りました。(母には宣言していません。)
    理由は、父が亡くなったこと。
    母に「危篤かもしれない」と告げられたその日に父は亡くなりました。
    すぐに見舞ったのですが意識のない父の病状を詳しく話してくれなかったので、「明日も来るね」と一旦家に帰ったその直後に亡くなりました。
    私は父の死に目に会えませんでした。母の作為を感じます。
    亡くなってからもかわいそうなのは自分(母)だけ。「母の心配はしないのか、気遣ってくれないのか」と激高してなんども電話をかけてきました。
    「娘の心配は?」と聞くとまるで予想してなかったようで絶句していました。
    私は、私を殺さないように必死に戦っていたのに。
    そして、父の遺産相続。「法律通りに一度、きょうだいにきちんとした金額は出さなければいけない。実際に分けるのはその後」と言った私に、母は「泥棒」と言いました。

    その言葉を聞いた瞬間に「あ、もう無理。わたし、もう無理」と悟りました。
    以来、電話にも家に来ても、メールも返事をしていません。
    父の遺産は完全放棄しました。(諸書類費用・ハンコ代すらもらっていません)

    母は弟を溺愛しているので、父の一周忌に弟に「遺産はもらってないわけだから、今後一切の母の面倒は弟と妹でみなさい」というつもりです。

    つらつらと自分のことを御免なさい。
    藤花さん、こういった種類の人間は、「子供(娘)の功績は自分のもの、でも娘の幸せは許さない」と思うそうです。
    「娘(子供)」とは思っていません。おんなじ「女」イコール「ライバル」です。
    そう思うといろいろと納得がいきます。
    特に私の母は「自分だけが可愛そう、不幸だ、でも娘(私)には生きている旦那がいる、許せない」と思っています。言葉の端端に感じます。

    最後に、私の母は私が結婚してなかなか子供ができなかった頃、どこからか私が不妊治療をしているという話をききつけて
    「あんたそんなこと(通院)、人に話すんじゃない。恥ずかしい」
    と言いました。
    その数年後、子供が生まれると
    「だから私言ったのよ、病院でもなんでもいいから(不妊)治療しなさいって。言うとおりになったでしょ」と笑顔で。

    あの種類(気をお悪くされる方がいましたら御免なさいでもあえてこう書きます)の人間は、世の中の森羅万象はすべて「自分の都合のいいように」書き換えます。
    そんな人間に「気に入るように行動しよう」とするのは、ハッキリ申し上げて無駄です。

    どうかご自分を大切に、一番になさってください。
    ご自分のご家族を一番になさってください。
    私は、自分の娘に「おかあさんがおかあさんで良かったと思ってる」「私(娘)が大きくなったら一緒にパリに行こうね」と言われて、心の底から「あの時、母に負けて死ななくて本当に本当に良かった」とおんおん泣きました。

    藤花さんは、もう親孝行は済みました。もう、一緒に楽になりましょう。
    私はもう母には優しくできません。
    でも、私にそうさせているのは、母自身の40年の積み重ねなのです。

    • hakase より:

      適度に抑えられ、落ち着いた筆致でありながら、どうしようもなく引き込まれる文章でした。水玉ねこさまの心のうちが静かに迫ってくるような。娘さんからの言葉のところ、思わず私もウッとなって一緒に泣いてしまいました。

      多かれ少なかれ「娘」というものは「母親」と確執があるものですが、私は姑や夫との間も同じような感じで一時期とても苦しみました(今でも瞬間的には時々あります)。

      「自分の努力が足りない」と自分を責めている間が最悪で、今は「そんなことはない、私や十分にやっている。何でも当たり前に思って理不尽な要求をやめないあの人たちの方がたぶんおかしい」と思えるようになってからは、気持ちが楽になりました。

      私は現在この同居家族(と親戚)の中で、「とても失礼な人」となってしまっているのですが、自己否定や罪悪感や自己反省や試行錯誤、すべてやってみた上での結論として、水玉ねこさまのおっしゃるように、「でも、私にそうさせているのは、あの人たち自身の○年の積み重ねなのです」と思っています。

      どうにもできないことに、長い間苦しんで、そのあとでいい意味で諦めることができると、それなりに気持ちが晴れますよね。

  5. より:

    初めまして、藤花さん。
    こういう場所に書き込むのは初めてなので、不適切な言葉や見当違いの回答だったら本当に申し訳ありません。

    私は両親から虐待されていました。
    特に父親からの虐待は、藤花さんほどはありませんがそれなりのものでした。
    殴る蹴る、罵倒は当たり前で、散々折檻した後に外に放り出される(季節関係なく)のも常々。私の作った料理を捨てるなど。
    一升瓶で殴られそうになって、間一髪避けて全身に焼酎を浴びた事もあります。その所為か、未だにお酒が飲めません。首を絞められた事も在り、それを思い出してハイネックの服も着られませんし、装飾品も付けられません。
    私の下にきょうだいが2人居ましたが、彼らはこれ以上ないくらいに溺愛され、殴られるのは勿論、怒られた経験もなかったと言います。
    親からも庇われた経験のない私は、知人が私の事を庇ってくれた時、本当に嬉しくて泣いた事もあります。必要とされているんだと、思い出すだけで涙が出ます。

    お母様はきっと、ご自分が体調を崩したり、介護が必要な場面になったら、藤花さんを頼ろうと為さると思います。
    私の父はそうでした。今までして来たことなど一切忘れて、平然と病院や遊びに行く時の送迎、雑用諸々を頼んできました。可愛がっていた弟(一番溺愛していました)には、「面倒はかけられない」とか「(弟が)遊びに行くって言ってたから」とか言い、私は残業帰りに無理やり飲み屋に送って行かされた事も片手じゃ足りません。

    亡くなる数年前から入退院を繰り返しましたが、勿論一度も見舞いに行きませんでした。
    流石に親戚の手前臨終に立ち会いましたが、驚くほどに何の感情も抱きませんでした。
    遺体を見ても、「最後に触ってあげて」と強要されたので触っても「死体の体温ってこんなものなんだ」としか思わず、火葬される時も骨を拾う時も、只管に「義務だから」やっていました。霊柩車にも乗りませんでした。
    父が死んで、一度も泣いた事はありません。嬉しくも悲しくもなく、ただ「やっと居なくなった」と言う安堵だけでした。

    私の話ばかりになってしまって本当に申し訳ありませんが、乗り越えるのは本当に大変だと思います。
    父親が亡くなって6年近く経ちますが、未だに罵倒されたり殴られ、しまいには刺される夢も見ます。亡くなる前から「早く死んで欲しい」と常々思っていましたが、亡くなってからも気持ちは晴れません。

    他の方々が仰るように、お母様とは距離を置かれた方がいいと思います。
    今のままの関係では、「いつか許せる日」は来ないと思います。
    お母様が亡くなってしまったら、本当に許すチャンスはなくなってしまいます。
    藤花さんが許す気があってもなくても、距離を取ってお母様の事を考えないように為さってください。
    それはとても大変でしょうが、藤花さんのお身体とお心の健康が第一なのです。
    あなたが何時までもお母様のはけ口で居る必要は在りません。
    藤花さんの人生は、身体は、心は、あなたのものです。あなたが大事にしてあげてください。

    アドバイスにもお答えにもなっていないので申し訳ないのですが、藤花さんがのお話が余りにも聞いていてとても辛く、涙が出てきたので初めて筆を取りました。
    今まで本当に頑張って来られたと思います。
    そろそろ、ご自分を第一に考えてもいいと思います。
    いつか藤花さんのお心に安息が訪れますように。願っています。

  6. かいづかいぶき より:

    藤花様
    拝読しました。
    心が痛みます、私のほうも。
    ここまでの告白、さぞや大変な労力、消耗でしたでしょう。
    皆様お書きのように
    こんにちまで生きてきてくださってありがとうございます。
    辛い気持ちに蓋をせず、よりよく生きようと
    ここにお書きいただいたことが、そのことがありがたいというか、わたしも頑張って生きなくてはと、逃げないで頑張っていいんだと
    思わせてくださったように感じております。
    程度の差こそあれ、同世代の母親と姑を持つ私は
    無力感を抱いてこれまで 生きてきました。
    それぞれの暴言に傷つき、自分を貶め病気になったり、
    死にに行こうとしたこともあります。死ねなかった。
    母親の満たされない思いは祖母のモラルハラスメントがルーツでしたので、父は
    祖母が亡くなったあと、
    「年寄りが死なないと我々は幸せにはなれん」といいました。
    嫁ぎ先で夫と姑に暴言を吐かれ鬱になって錯乱した私に
    父が慰めとして言った言葉ですが
    それは間違いです。
    早く死んでほしいとか、
    どうせ先に死ぬから
    とか
    絶対
    間違いです。
    そんな考えだけは持ってはいけない。

    ですから、
    藤花様、
    そんな考えを持たないためにこそ、
    「実母さんには
    接触しない」とお気持ち切り替えられませんか?罪悪感なんて、
    それも実母のコントロール下にあるからなんですよ、きっと。

    藤花様、お体の調子はいかがですか
    もし、相談文に書かれている症状に関して治療費が必要なら
    旦那様には気兼ねしますね。

    病気の診断書に虐待の記録、実母さんを訴えるという
    相談は無料法律相談などでお尋ねになってはいかがでしょう。
    自治体などで虐待やモラハラ、DVのグループワークなどを利用してみるのも
    提案させていただきます。

    もう、会わなくていい、怒っていいんですよ

    • かいづかいぶき より:

      追記なのですが、
      戸籍上は親や、祖母であっても、
      加害者に対して「死んだ方がいい」
      という考えに
      自分が陥ることはとても
      なんというか、
      損で、無意味だと思うのです。
      生き延びてきて、
      有難いとおもうより、
      生き延びてしまって
      おぞましい
      という状況もあるとは思うのですが、(死は一瞬ですが生はそうではない)
      少なくとも人間に生まれてきた以上
      我が子や、孫に手をかけてしまったり、
      心を殺してしまったり
      いわゆる虐待は
      恥ずべき類のものであり、
      そういった加害者の為に
      自分の心の一部分でさえ、
      憎しみ(=死ねばいいという言葉)
      で占めたくないといいたかったのです。

      • かいづかいぶき より:

        ひつこく追記です。私事で恐縮です。

        「肉親になぜこんなにいとわれなければならないんだろう、
        そして人間関係に於いて同じようなループになぜいつも足をとられるんだろう、
        なぜいまだに
        フラッシュバックというものに苛まれるんだろう。」

        子供のころは悲しんでいいかすら分からずひたすら保護者を
        慕っていた哀れな自分に気づき、
        相手を恨みました。
        恨んでいても自分の心は
        恨みという感情に囚われる
        恨みに侵食された心は私の子どもたちにも及んできていました。
        子供の前で突然フラッシュバックや言葉のチックなど、不安にさせていたのが私なのです。

        逆に
        「相手(加害者)を物理的に遠ざける」
        そんなシンプルな努力ひとつで
        自分自身を取り戻せつつあります。

        冒頭に書いた自分自身の人生にむきあえつつあります。
        やはり、生き延びてきて正解だったのです。心から笑える日が来るのかはわかりませんが、

        藤花様を通して(藤花様の努力や生きざまには私なんて及びませんが・・・わずかな共通点だけでここまで私事を繰り広げて申し訳ないです、でも苦しんでるものとして書かせてください)

        このサイトでいろんな生きてる言葉を頂戴しました。

  7. ぜこ より:

    とっても辛い思いをされてきたのですね、50年間も…
    もう自由になっては如何でしょうか?
    今まで、お母様は自分の自由に、好きなように生きてきました。
    70年間も。
    これからの残りの人生位、自分の自由に生きてみても
    全然バチはあたらないですし、
    これからの残りの自分の人生で、
    自分の人生を取り戻していけばいいと思います。
    おとぎ話でも、若い頃ろくな人間でなかった人は、
    ろくな死に方をしないのです。
    それがこの世の当然、摂理だと思います。
    でもそれが身内だと、辛い、親孝行しなければいけない…
    とう思ってしまうので、苦しいんですね。
    今までよく絶縁しないで我慢してこられたなぁと思います。
    兄嫁と仲がよろしいようですし、
    これからの事は一切任せて、
    自分は自分の人生を楽しんだらいいと思いますよ。
    そんな幼少期を過ごされたのでは、
    親戚の方もうすうす気が付いていらっしゃるのでは?
    親孝行しなくても、「あの子は全く…」なんて言う人はいませんよ。
    今の時代、不景気ですし、みんな忙しいです。
    仮に責められたら、「私も最近、忙しくて。歳だし、体が言う事きかなくて」とか、
    それじゃあ仕方ない…っていう適当な理由を言っておけばいいと思います。
    親に優しくしたいって言う気持ちがまだあると言う事、
    とっても真面目な正確の方なのだなと思います。
    でもそれで自分の体調や人生をダメにしてしまっては、
    元も子もないと思いますよ。
    親の事はいいんです。
    お葬式さえでれば、それで最低限の義理がはたせますよ。
    それはでは自分の生活、家族の生活を第一に考えれば
    それでいいと思います。
    真面目に考えすぎずに、これからはもっと自分を大事にしてくださいね。

  8. maru より:

    今まで頑張って来ましたね。
    私自身虐待だと思うような事をされて育ちましたが
    あなたは本当に酷い虐待を受けてきたのですね。
    無事に生きててくれて良かった。
    読んでてそう思います。

    他の方も書いてますが、私も実母から
    嫉妬のような感情を受けて育ちました。
    どうして私に嫉妬するのか訳わかりませんが
    何をしても気に入らないんですよね。
    子供の頃は逃げ場がなかったから
    とにかく早く離れたい一心でした。

    今は母が具合が悪くなると連絡が来て
    看病やなんやかやは私がし、他の兄弟には頼りません。
    そして彼らと上手くいってる時は連絡がきません。
    関係悪化すると連絡きます。

    このまま母が死んだら楽になるだろうか、と
    時々思います。
    でも多分楽にはならないだろうな。
    後悔もしないと思うけど。
    よく分かっていない知人には
    「お母さんが亡くなったら自分が後悔するから
    そうならない為にも歩み寄ったら」と言われますが
    歩み寄って裏切られて、暴言吐かれて
    傷付けられる苦しさと
    母が居なくなって後悔する苦しさ、
    どっちが苦しいんだろうと思うと
    多分自分の行いで後悔する方が全然楽だと思い
    私は距離を置く事を選びました。

    ずっと虐げられて来たから
    難しい事だとは思いますが
    あなたが今すべきなのは、
    あなたがしたくない事はしないという選択です。
    会いたくないから会わない。
    電話で話したくないから出ない。
    関わりたくないから関わらない。
    あなたが選んで良いんですよ。
    お母さんは自分の感情のままに生きてきた。
    その結果があなたを遠ざけたとしても
    お母さんはそれには気付かない。
    気付く頭がないんですよ、残念ながら。
    そしてあなたが怯えながらも相手をする事を
    お母さんは分かってるんですよ。
    だから距離をおいて良いんです。
    お父さんには内緒で連絡すれば良いんです。

    あとこれが良い事かどうか分かりませんが
    旦那様やお子さん達は虐待の事を知っていますか?
    あなたの家族はあなたの味方です。
    あなたの行動の理由を知ってもらうのも、
    そして祖母としてのお母さんの問題点を
    理解してもらうのもいいかなと思います。
    特に旦那様には。

    大丈夫。あなたは間違ってないです。
    十分苦しんできたんだから
    もう離れて良いんですよ。

    それにしても虐待を受けて育った方の多い事。
    皆さんが頑張って強く生きてるのが
    私の心の支えになってます。
    ありがとう。

  9. shutoskazala より:

    「父が死んだら、私は心の底から楽になれる」と私は思っています。
    これが、恐ろしい考えとは思っていません。
    私は、父に虐待されて育ちました。
    もしこれが「父を殺してやろう」ならば恐ろしい考えでしょうが
    父が勝手に死んだその日に私は本当に解放される、と考えることは
    全く悪いことでないと思います。

    数年前に、母から父の危篤を知らされました。突然の心筋梗塞だそうです。
    すぐ病院へ駆けつけるように、とのことでしたが
    私は考えた結果、行きませんでした。
    その後、父は持ち直し今では完治したようです。
    もし、再び同じことがあっても、私は死に目に駆けつけるつもりは
    ありません。

    病院へ駆けつけないと決めた時、私はとてもすっきりしました。
    どうやら自分の気持ちの中で、はっきりと区切りがついたようです。

    私は虐待された。私は被害者だ。子供だった私に原因はなかった。
    私は加害者に会いたくない。私は加害者と会うつもりがない。

    父は、縁切り(法律上は不可だとしても実質上)を宣言した私に対し
    「家族の為に必死で働いてきたのに、娘から鬼と言われるとは」と被害者面でした。
    父の被害者面を見て、私はますます自分の縁切りという決断が正しいと
    確信を持ちました。父は反省していないし、今後も反省しない。

    私は、父を鬼だと思っています。人間ではありません。
    私の頭に重い花瓶を振り下ろす時の父の形相や、
    私に殴りつけた家電が砕け散った時の父の形相は、人間のものではありませんでした。
    鬼のいる地獄(虐待された子供時代)を私は孤独に生き抜き、結果的に生き残って
    いま父とは無縁に平和に暮らしています。そう思っています。
    英語では、大人になった被虐待児を「サバイバー」と呼ぶそうです。

    私は、父を卑怯で自分をコントロールできない劣った存在だとバカにしています。
    子供だった私を、毎日アザだらけになるまで蹴り、鼻血が出るまで殴った父が
    尊敬できる人物のはずありません。
    父は、最難関大学を卒業した医師です。外面が良く、社会的にも貢献し
    ある分野では権威とさえ言われています。
    でも、私の命を脅かし、私の心を殺した唯一の存在です。

    父は不幸に惨めに死ねばいい。天罰があたればいい。報いを受ければいい。
    そう考える自分の気持ちを否定せず、自分自身の思いを認めて受け入れたとき
    私はとても楽になったと思います。
    表面上、何事もなかったかのように振舞うのを、私は止めました。
    何事もなかったのではありません。卑劣な虐待があったのです。

    藤花さんが、どうかこれ以上虐待に苦しめられることのないよう
    願っています。

  10. いちご大福 より:

    大変な思いを されましてね。今まで お辛かったでしょう。
    ココロのパンドラの箱に ずっとしまっておきたい悲しい秘密ですね。

    あなたは もうね自由ですから。お母さんを 捨てていいんですよ。
    優しくする必要は 全くありませんよ。
    あなたの心が壊れないように 自分を守りましょう。
    逃げて 自由になって 呪縛から解放されましょう。
    母親ではなく あの人です。赤の他人です。
    忘れて下さいって 言われても 難しいと思うので。
    あなたの心の中で 母親はいないものと しましょう。
    存在を 消しましょう。
    身内に 振り回されないで下さい。まだお若いですが

    残された人生は 穏やかに自由に 過ごしていただきたい。
    母親をあなたの心の世界から 消去 リセットしましょう。
    お母さんは 貴方を娘でなく 1人の女として 見てます。
    貴方に嫉妬してるのでしょう。

    電話は 着信拒否。もう絶縁していいですよ。
    今まで よく我慢されましたね。
    これからは 怯えないで
    堂々と自由に生きてください。貴方は 娘を やめましょう。
    自由になって下さい。

    実親と 縁を切るのは よくあることです。
    裁判で 絶縁される方もみえます。
    自由になって欲しいです。貴方が おびえず明るく楽しく笑顔で
    暮らせますように。
    貴方は 素晴らしい女性です。お母さんは 自分より優秀な娘が
    嫉妬で うらやましいんでしょう。
    無視 お母さん 捨てて自由になって!

  11. ぽんやん より:

    「母が死んだら、私は楽になれるのだろうか?」
    とありましたが、私は楽になりました。
    (私の場合は母ではなく、父ですが)
    そして、亡くなったことで、冷静に親を見つめることもできたように思います。

    それこそ文章にするのは憚れることがたくさんありましたが、
    上の方々にあるような、怒りを今は感じません。
    それは対象者が亡くなったからかもしれませんし、
    理解し、支えてくれる人に出会えたからかもしれません。

    父がしたことを仕方がなかったと思う気持ちはありませんが、
    そうとしか表現できなかった人、
    そして置かれた環境の辛さを理解することはできるようになりました。

    私がもし藤花さんにお伝えすることがあるとすれば、
    憎い、辛い、苦しいと思うお母さまのそばにいる必要はないのではないかということです。
    そうすることで、大切なご自身の家族にまで影響を与えてしまいますし、
    「あと残り少ないから」と頑張ったところで、より苦しい思い出を重ねるだけではないでしょうか。

    それよりは距離を置き、今ご自身が苦労なく付き合える距離感にお母さまを置かれることです。
    それには、まだまだ藤花さんが支配者のように感じているお母さまと一線引かれる必要があると思います。

    遠く離れて冷静に見てみれば、もう相手は70代。
    手をだそうとしても、支配しようとしても、
    金銭的にも精神的にも独立した藤花さんをいったいどうして、どうこうできましょうか。

    いつか理解できるかもしれない、でも「今ではないんだ」と腹をくくって、
    ご自身の健康、そして愛する家族のために献身はとっておいてください。

  12. リズ より:

    初めてのコメントです。
    年齢的に母と同年代と思い、コメントさせていただきます。
    表現に失礼がありましたらすいません。

    相談者さんはもう大きくなられたんですよ。
    虐待を受けた時の小さくて無力な存在ではなくなってらっしゃるんですよ。
    しようと思えば虐待した母親を殴れるほど成長していることに気付かれていますか?
    虐待されたのならそれを仕返すのを躊躇われるかもしれませんが、年端のいかない幼い子供に躊躇いもなく虐待できるほど貴女様の母親はクズなのですよ。

    相談者さんが健やかに過ごせますよう祈っております

  13. ピーチパイ より:

    藤花さんのお話、コメントをされた方々のご意見、全部読ませていただきました。
    私も虐待をされたと思って生きてきましたが、私よりももっとひどい事をされた方たちが、この世にこんなにも多くいるのかという思いで読ませていただきました。
    藤花さん、お母さんが亡くなってもお母さんに対する気持ちは楽にはならない事もありますよ。
    私は、父が亡くなっても数年間苦しみました。
    うちの父は、言葉の暴力がひどく、感情のコントロールが出来なくなると、手をあげる事がありました。
    風邪を引いた私を、母が父に病院に連れて行ってほしいと頼んだ時、会社を抜け出してきた父は、車に乗り込んだばかりの私の頬をぶん殴りました。
    何が何だかわかりませんでした。
    こんな事ばかりでした。
    父にはむかう私に、母からは慰めの言葉の一つもなく、父が亡くなってから、なぜあの時何も言わなかったのかと問う私に、「あんたがはむかうからだよ」と言われました。
    私たちって、正常な反抗期さえさせてもらえませんでしたよね。
    多分、ここに書かれた方たちはみんな声を殺し、息をひそめて、それでもせめて高校を出るまでは生きるために実家にいた人たちばかりではないでしょうか。
    父の生前、母と私が電話で話していると焼きもちを焼いた父が電話の後ろで、「いつまで話してるんだー!」と怒鳴り声をあげていたのも一度や二度ではありません。
    だから、父が死んでも数年間は母と電話で話しても、いつ怒鳴られるかと恐怖心が消えませんでした。
    私も親に褒められたことはなかったです。
    お前は金食い虫で、根性が曲がっているといつも言われ続けてきたので、私は自分は根性曲りだと思って生きてきましたが、その後知り合った人たちには、あなたは素直ねと言われてばかりでした。
    両親は、本当の私を何一つ見てくれませんでした。
    だから、もういんです。
    お母さんの電話には一生でなくていいんです。
    手紙も葉書も何もする必要はありません。
    縁を切ればいいんです。
    お父様は味方のようなので、そういう行動をあなたがとっても、心の中でわかって下さると思います。
    他の方も書かれていましたが、私は、人間は生きている間の罪を償わないと死ねないと思っています。
    だから、こんなに藤花さんにひどい事をしたお母さんは、罪の報いを受けると思えて仕方ありません。
    たとえそうなっても、それは自分の生きてきた生き様の報いです。
    そんなお母さんの財産なんて欲しいとお思いにはならないでしょう。
    くれてやればいいです。
    私は、どん底から這い上がるのに10年以上かかったのですが、カウンセリングを受けました。
    カウンセリングは相性もあるし、お金もかかりますが、ご主人にご理解を得られるならば、子供の頃のあなたを慰める作業としてお勧めしたいです。
    その方法が無理ならば、私は並行して行っていたのですが、自分の住んでいる町の保健所の保健師さんに毎月話も聞いてもらう事も出来ますよ。
    こちらは無料です。私の場合、その他に相談電話も利用していました。
    その名もずばり、「子供の虐待防止センター」です。
    最近は、各都道府県に子供の虐待防止センターという相談電話がある事が多いです。
    ちなみに、東京にはありますよ。
    わらにもすがる思いで、毎日のように話を聞いてもらっていました。
    捜せばきっと、自分と相性のいい相談先が見つかりますよ。
    自分一人で乗り越える事は私には出来ませんでした。
    プロの支えが必要かと思います。
    少し元気になって、そんな気持ちになれる時が来たら、動いてみるのもいいかと思います。
    藤花さんには、自分の事を大事にしてほしいし、こういう虐待は、自然と負の連鎖をしてしまうので、自分の子供に何らかの形で受け継がれていくことが多いです。
    私は、我が家の代々続いている虐待を私の所で止めました。
    藤花さんも、ご自分の所で止めて下さい。
    こんな思いをする人は、もうたくさんですよね。
    こんなに頑張ってこられた藤花さんに、生きてるだけで幸せだとお母さんの事を思わずに思えるようになってほしいです。
    ちなみに、私は今とても元気で、母に(うちは母も自分の悪い所をその後認めて謝罪の言葉を貰ったので、たまに電話する程度ですが縁は続いています)、そういう言い方は嫌だと言えるようにまでなりました。
    大丈夫、きっと、ご自分の気持ちが落ち着いて楽になれる時がきますから、大変でしょうが、ご自分と向き合ってくださいね。
    次にお母さんに会う時は、お葬式の時でいいやという位に思っても私は、ばちは当たらないと思います。
    みんなが、藤花さんを応援していますよ。

  14. 1人娘 より:

    藤花さん、はじめまして。

    そうですね、お母様が亡くなったら楽になる可能性大です。
    でも、亡くなる前に楽になる可能性も充分あります。
    私がそうでしたから・・・

    私も母には散々な扱いを受けてきました。
    詳しくは書きませんが、相手が他人なら警察沙汰のような事です。
    冗談抜きに、母が私を殺さなかったことを感謝しています。

    あなたのお母様も、私の母同様、不安定な人間のようですね。
    多分、あまりお幸せではないのだと思います。
    だからといって我が子をサンドバックにするのは許されません。

    藤花さんは、今すぐお母様を許す必要はありません。
    しょっちゅう傷つけられていて、許せるわけがないですよ。
    今は、ご自分を大事にするのが最優先です。
    具体的には、お母様と物理的な接触を極力断つことです。

    お母様から離れるには一度の引越しと電話の着信拒否が必要です。
    簡単な事ではないですが、即効性があります。
    引越し先はオートロックや坂の上などお母様が来にくい工夫をして。

    絶縁するとか遺産を残さないとかお母様は騒ぐかもしれませんが、
    実際は絶縁も遺産ゼロも日本の法律では不可能です。

    私の話も少しさせていただきますね・・・

    私の母も不安定で不平不満が多く、父との関係もうまくいってなく、
    私を過度に心配したり、思い通りにならないと罵ったり暴力を振るっ
    たりと、悪い意味で私に甘えて依存していました。

    10年前、私は母をモンスターのように恐れていて、今のあなたと似た
    ような気持ちでした。心身にまで変調をきたし、このままでは私の家
    庭が壊されると思った時、やっと母と連絡を断つ覚悟ができました。

    それから数年後、母は認知症になって哀れな様子になりました。嫌々
    母の世話していましたが、自分でも意外な事に、だんだんそれまでの
    事がどうでも良くなって、母を許せる気持ちになってきました。

    これは有難かったです。憎むのも嫌悪するのも辛いことですから。

    認知症が進むと、母は私に手を合わせるようにまでなりました。
    鬼が仏になったようでした。
    そんな母を憎めるわけもなく、母が生きているうちに母との和解が
    できました。私自身は、許そうと努力をしたわけでもないのですが。

    母の事は死ぬまで(死んでも)絶対許せないと思っていたし、許せ
    ない事自体が私を苦しめていたのですが、本当に予想外の形で終わ
    らせることができました。

    これも、私が母の攻撃を受け止めず、母と距離を開け、自分と自分の
    家庭を守ったおかげだと思います。もし私が潰れていたら母の世話も
    できなかったし、ずっと母を恨んだと思います。

    長くなりましたが、藤花さんもまずはご自分が幸せになるよう、思い
    切って「薄情な娘」になって下さい。自分が幸せでなければ誰の役にも
    立てませんし、家族にも優しくできません。

    どんな形かはわかりませんが、いつか必ず今の苦しい状況は終わります。
    許したい、と思っておられるのなら、きっと許せる日が来ます。
    焦らないで、急がないで。

    どうか、お母様を嫌う自分、許せない自分を認めてあげて下さい。
    だって、それが当然なんだから。聖人君子になる必要なないんです。
    そして、いまの自分が求める事をして下さい。
    それが、お母様と距離を置くことなら、そうして下さい。

    長くなりましたが、藤花さんのお幸せを心からお祈りしています。

    • 長女 より:

      一人娘さんの素晴らしいコメントに感銘を受けました。

      仰るとおり、まず自分を自分で守り、労わり、大切にする事を
      優先して行動される事が藤花さんにとって優先事項と共感します。

      藤花さん、どうかご自分のために行動されますように。

  15. haru より:

    藤花さんのご相談内容と、みなさんのコメントを読んで、
    涙があふれてとまりません。

    特にみなさんのコメントが、
    あまりにもやさしくてあたたかくて、
    いてもたってもいられず応援コメントさせていただきました。
    (具体的なコメントではなく、反射的なコメントですみません)

    藤花さん、応援しています。
    どうか、笑顔に。
    ご自分を大事になさってくださいね。

  16. じゅん より:

    一人娘さんの言う通り絶縁も相続なしも日本では無理ですよ。
    遺言書が有ったとしても遺留分はもらえますし、
    相続人排除なんてなかなか裁判所が認めません。
    (まして何の落ち度のない藤花さんの場合んなて)
    これからの人生楽しみましょ!たまには贅沢なランチでもして。

  17. ひろ より:

    辛く悲しい思い出を、改めて文字で書くのもさぞお辛かった事とお察しします。
    でも、文字でも愚痴でも、吐き出す事はとても大切です。具体的な解決策に繋がらなくても、あなたの正直な心情を安心して吐き出す事の出来る場、お友達なり、ネットのサイトなりを見つけられるのがとても大事かなと思います。(もちろんこの「井戸端会議」でも、、、、)

    そして、TVや映画や色んな所で親子の愛の素晴らしさをうたっていますが、血の繋がりだけが愛情の存在の保証にはなりません。成人してしまえば一人の人間同士、肌が合わない人とは接触を避けて生きて行ってもかまわないのです。この事を、藤花さん自身に理解してほしいと思います。

    お母さんのお住まいとは距離があるのでしょうか。電話ではお子さんが協力してくれているようですが、電話も直接も手紙も何もかも、お母さんとの一切の接触を断つよう、ご主人やお子さんに藤花さんの正直な気持ちを伝えて、協力してもらっては如何でしょうか。法的な絶縁は難しいですが、藤花さんの気が済むまで一切のやり取りをしない「母は死んだ」と思って過ごすことは出来ませんか?
    それからご家族にこの相談をする前に、藤花さんとご家族が「血のつながった親と仲良く出来ないのはおかしい」という固定観念から離れられるよう、共通の認識を持つことが大事かなと思います。

    世の中には、酷さの大小こそあれ藤花さんのように苦しんでいる人は多いようです。特に「母親と娘」の関係にこういった状態が多いように思います。
    そこから立ち直った方のお話も、色々と読んでみては如何でしょうか。
    どのように母親から自立する事が出来たかなど、具体的な方法が語られている所もあります。

    ちなみに以下のサイトも、藤花さんと同じように苦しまれた女性が、その経験などを話されています。サイト内に「ノノシット関連」としてまとめられています。(ノノシットとは罵る親の行動を表す造語のようです) マンガコミックも出ていて読みやすいので、一読してみてはいかがでしょうか。(私は関係者ではなく、以下のサイトの一読者ですが非常に勉強になりました)
    http://mudani.seesaa.net/

    酷い事をされたと感じているのに、年老いたお母さんを大切にしようとする藤花さんのお気持ち、とても素晴らしいと思います。虐待されて育ったのにどうしてこんなに優しい方に育ったのかと、それは親とは関係なく藤花さん自身の素晴らしい資質なのだと、そう思います。
    藤花さんの人生は藤花さんが主役です。自分中心に藤花さんが行動したってかまいませんよ。そして、どんなシーンでも苦手な人は出てきますが、無理矢理付き合う必要はありません。藤花さんは自分自身を幸せにしてあげて下さい。
    たくさんの応援コメントがあります、みんな応援していますよ、頑張ってください!

  18. もう より:

    藤花さんのみならず、コメントを読みながら涙が止まりません。

    ご相談内容にはうまくコメントできなくて申し訳ありませんが、過去に辛い経験をなさったみなさんが、笑顔で、今を幸せに生活できるよう、応援しています。

    自分の心を一番大切にしてくださいね。

  19. 藤花(相談者) より:

    みなさん、優しく温かいコメントをいただいてありがとうございます。
    読んでいて、どっと涙があふれてきて止まりません。
    また、落ち着いたら、必ず返事を書かせていただきたいと思います。
    ・・・いましばらく、お待ちください。
    本当にありがとうございます・・・

  20. むっちー より:

    読んでいて涙がでました。
    いままで頑張ってこられたのですね。

    本人(孫)の目の前で内孫の方がかわいいなんて言われたら、
    藤花さんのお子さんたちも傷ついたと思います。
    電話だって出たくないのでは?と思ってしまいます。

    亡くなったら楽になる…?
    そこまで待たなくても楽になれる方法はあると思います。
    もう行かなくていいし、電話もでなくていいと思います。

    藤花さんも50歳代とのこと、
    若いころは持ちこたえられたことが、しんどくなってくるも多いのではないでしょうか。
    ストレスが元で身体に変調をきたすことのないよう、
    藤花さんご自身と家族の幸せを最優先に考えて下さい。

    何もできませんが、心から応援しています。

  21. いく より:

    今まで良く我慢されましたね、皆さんが書かれてる通りだと思います。
    何もかも放棄して電話も着信拒否したらいいと思います。
    ダンナ様はどう思ってるんでしょうか?

    そんなお母さんに優しくする必要はあるんでしょうか?

    ご自身の幸せの為に生きてほしいと思います。

    私は逆に過干渉で育てられました。
    やることなすこと反対され、今それを言うと”お父さんがそう言えって言ったから”
    とか”やりたいならやればいいって言ったのにしなかったのはアナタ”って言うんです。(やればいいと言いつつマイナスなことばっかり並べたてられて嫌になりました)

    私の人生を自分の人生だと思ってるようです。
    私の人生を返してほしいと思ってます。

    今は向こうが変わらなければこちらが変わるしかないと開き直ってます。

  22. 藤花(相談者) より:

    相談者です。
    みなさんの温かいコメントに、ぽろぽろと涙が止まりません。ありがとうございました。
    コメントにも書かれていたように、普通の反抗期もありませんでした。反抗することも泣くこともなく、凍りついていた感情のまま過ごしていたのに、みなさんの温かくて優しいコメントの一つ一つに涙が止まらず、こんなに涙が出てくることは今までありませんでした。自分でも驚いています。今まで、ずっと押し殺して、凍りついていた感情が少し溶けたような気がします。

    財産云々の話も、お金ではなく、存在を頭から否定されることが辛いので、私の話をこんなにも多くの方に受け止めていただいたことをありがたく思います。

    主人や息子たちは知りません。私が「あんたはばあちゃんにそっくりだから大嫌い」と言われて育ち、祖母に似ている父や孫の私が傷ついていたことを考えると、同じ思いを息子たちにさせたく無いと思っています。
    でも、子どもも大きくなり、電話で話す言葉の端々に何か気づいているようです。「あのやり取りの後に、これって・・・いじめか?」と母のことをつぶやいたこともあります。それ以来、電話に関しては防波堤になってくれています。

    虐待は連鎖すると言われますよね?確かに、愛情の注ぎ方を知らずに育ったので、母親にされたことと同じことを子どもにしたらどうしようと怖くてたまりませんでした。思わず手を出しそうになって、壁を向き何回も深呼吸して気持ちを落ち着かせたことが何度もあります。
    あるときは、「お母さんは笑顔やほめ言葉が少ない。もっとほめて」と言われ、やっているつもりでも、全然足りないんだなあと、どうしたらいいのかと悩んだこともありました。愛情を示しかたを知らないままでしたので。
    これからは、まず、自分がしてほしかったことを家族に向けてできるように、息子たちが巣立っても、「お母さんの声を聞いたら、帰ってきたらほっとする」…と思ってくれるような親子関係を築いていけるように、笑顔で過ごせるようにしていきたいです。

    そして、今も涙が止まりません。泣くことも我慢していたあの頃の自分を抱っこして、温かく包んで、大丈夫だよ、泣いてもいいよと優しく語りかけてあげたくてたまりません。すぐには解決できないことでしょうが、自分が死ぬときに苦しい思いを残さないように・・・

    声を聞いたり会ったりして辛くなる間は、少し距離を置きつつ、まずは、今の家族を笑顔にしてあげられるように、自分が笑顔になれるように過ごしていきたいと思います。
    今日は、一気に今までの辛かった思いがあふれて、涙がとまりません・・・気がすむまで泣きます。泣けるというのも、みなさんのおかげだと思います。本当にありがとうございました。

  23. なすび より:

    とにかく距離を置く事だと思います。
    電話にも出る必要ないですよ。
    お母様は、自分自身を責めるように育てて、こちらの心を支配しようと洗脳しているんです。
    教育、しつけ、って一種の洗脳です。

    >年を取り、残り少ない母に優しくしたいと思う反面、
    そう思っている事はお母様も分かっていると思います。
    でもそれは、都合良く使ってやろうとしか思われていません。
    自分を傷つけようとする相手から逃れる事は正しいんです。

    私は母からは常に叩かれ罵られていました。
    それなのに母が病気になった時は、溺愛していた弟ではなく私に対して
    「結婚しないで、一生私の面倒を見て」
    と言いました。
    結局他界しましたが、生きていたら絶縁していたと思います。
    他界した時はたくさん泣きましたし、もっと何かしてあげられたのではないか
    と考えたりもしましたが、時間が経つにつれてそうではないのだと思うようになりました。
    相手がいなくなって(距離が空いて)洗脳が解けてきたのだと思います。

    自分の事を叩き、罵り、自分が傷つけられる人間とは、
    親であろうと物理的に距離を置くべきです。
    初めは自分を責めてしまうかもしれませんが、時間がたてば慣れます。
    なんとしても自分を守って下さい。

    • 藤花(相談者) より:

      なすびさん、ありがとうございます。

      >洗脳が解けてきたのだと思います。

      ああ、本当にそうですね。
      親の枠にきれいにはまらないといけなかったのが辛かったんだと思います。
      今は離れているので、いろいろな価値観に触れて、おかしいことはおかしいと思えるようになりました。

      >なんとしても自分を守って下さい。

      なすびさんが言われるように、家族のために自分が好きでいられるような日々を送っていきたいと思います。ありがとうございました。

  24. カタコ より:

    もうご相談は終わってるようですが。。。
    すいません。すこしだけいいでしょうか。
    私も実母からのアレコレは「虐待に相当する」と大人になってから思うようになって、距離を置きました。それは「虐待をされた相手とは無理に接触しなくてもいい」というのを読んだからです。びっくりしましたが、「距離をとってもいい」と知って、悪いことではないと思うとホッとしました。
    電話の返答も淡々として事務的にすることであちらからもワーワー言われることもなくなり心穏やかに生活していました。
    ところが、思わぬところで自分の心の傷がはじけたのです。
    優しい夫と娘たちの生活の中で、あることがきっかけで思いもよらぬ形で気分が揺れてどうしようもなくなって(全く親とは関係のないことです。虐待とも関係のないことです)、低年齢化してしまって、「たいへんだー」と思ってるのに気持ちのコントロールが取れなくなって平常心で過ごせなくなって、カウンセリングに行きました。
    今テレビで見る心屋仁之助さんのお弟子さんのところに行きました。
    そしたら自分の過去が清算されていないことで、思わぬことになってあらわれて来ていたことがわかりました。親とは関係ないところだと思っていた自分の感情の働きも影響を受けていたことがわかりました。そう言うとますます親を恨みたくなると思うでしょうが、どんどん仁さんの本やDVDで勉強するうちに親のこともわかってくるようになって来ました。すると憎くて憎くてしょうがなかった母が、他の人間関係からそうさせられていた(環境的にというか。ここでは長くなるので書けませんが)という思わぬ展開になり、ええーー???ってなって今は何十年の便秘がスコッと取れたというか(便秘ではないのですが、たとえとして^^)、本当に今は清々しい気分にまでなりました。
    親とは今も離れた生活のままで、連絡も別にかわりませんが、あちらもこちらも大人なので、そういう付き合いでいいかと今は後ろめたくもなく距離を置いている感じです。
    もし時間とお金が融通がきくなら是非カウンセリングをお勧めします。
    心屋仁さん式のカウンセリングは解決が速いので、絶対おすすめ。
    どんな人かというと、明日ナイナイアンサー(日本テレビ)に出られるそうです。
    過去の放送も動画サイトで見られます。なんか絶妙なタイミングでテレビやカウンセリングの回しもんみたいですけど、私も悩んでいたから、つい先日スカッと解決してもらったから是非と思ってコメントさせてもらっています。
    藤花さんがなさりたいとおしゃった「子どものころの自分」を抱きしめてあげるのがとてもいいことです、私の次のカウンセリングまでの宿題でもあります。悲しかったころの自分を思い出して泣くんです、悲しかったよ、さびしかったよ、辛かったよ、って声に出して言うんです、そして小さかったころの虐待を受けたころの自分を膝に抱いて、ギュッと抱きしめてあげて、心の中にしまってあげるんです、悲しかったと感じ切るためです。毎日やるといいようです。
    すぐにでも、今までの嫌な思い出を解決する道に行かせてくれるので、心屋式カウンセリングを是非お勧めしますが、今すぐにでなくても、いつか、、、と思っておかれるだけでも違うと思います。ブログもHPもあるのでよかったらみてください。
    お互い、これからの人生を穏やかに楽しく笑顔で過ごしましょうね。

    • 藤花(相談者) より:

      カタコさん
      心が弾ける・・・その感覚は、なんとなくわかります。押さえている感情なら、堰を切ったようにあふれてくる可能性…ありますよね。
      心を軽くするためのカウンセリングも視野に入れておきます。
      コメントありがとうございました。

  25. miwanoazisai より:

    藤花様

    お辛かったですね。実際に、体への暴力もされたり、人格否定までされて、それに、気づかず離れもしなかったとは…私は、小さい時から、両親から、頼られて大変だったくちの虐待です。何でも我慢させられ、年頃になった時も、お金はあるのに成人式もやってもらえず、働くようにバリバリ教育され、過干渉で、束縛し、男性と付き合う事も許されず結婚することも反対され、私は、ストレスから統合失調症を発症し、閉鎖病棟へ入院したり、辛い思いをしました。そのどん底なときに、病院の先生から、親とは一緒に住まないようにしたほうがよいと言われ、そうしているうちに結婚の縁があり、40のときに、結婚しました。ですが、親からの執拗なる電話、統合失調だから、子供は産むな、お前が子供が欲しいとか変な事を言うから、お母さんも俺も(父)精神的に変になっちゃたんだぞ。奇形児が産まれるぞ。子供は絶対に産むなと言われました。私は、自信も失い、洗脳されてしまって、子供を産まずにもう47才になってしまいました。私は、だから、藤花さんより、親を憎んでいます。
    藤花様は、人並みに子供もいらっしゃりますし、幸せもあるかと存じます。その幸せを大切にして、親の事など、忘れることもできるかもしれませんね。親が、財産だけ残して苦しみながら早く死んで永遠に消えてくれればいいですね。私は、そう思っています。

  26. 藤花 より:

    miwanoazisai さん
    コメントありがとうございます。
    miwanoazisai さんは、過干渉で苦しまれたのですね。
    結婚されているということは、ご両親と離れて暮らせているのですね。そのことは、よかったと思います。

    以前に相談に親身になっていただいた方々から、「接触を断っても」とアドバイスをいただいていました。
    その後、意に反して、子どもの病気や主人の職場の都合、また私の仕事の都合で地元に戻らざるを得ない状況になりました。
    最初は、住所を教えませんでした。子どもが贈り物をしたことで住所を知られ、いろいろな品物が送り付けられてきて、そのことも苦痛でした。その後、事情があり転居。まだ住所は知らせていません。が、命に関わる手術をするから来てほしいと留守電があり、手術当日と翌日には顔を出しました。
    その場で、母の友人との苦痛に感じる時間(手術中9時間近くもの間の弾丸トーク)を過ごす羽目になりましたが、母は、私が嫌がっていることに気付いていません。(母友人一家の自慢話に対する妬みが私への虐待に向かっていたというトラウマがあります)
    母友人はいろいろ聞き出そうとしますが、ぼかしてごまかすことしかできませんでした。
    毎日のように公衆電話からの留守電が入りますが、その表示を見るたびにくらくらしています。仕事中や出張中は完全に電源を切っているため、つながらないし、伝言も入っていないため何を考えているかもわかりません。
    「退院するときに迎えに来い」なのか、「知人が見舞いに来るから、(世間体のために)病室に居ろ」なのか、「娘だから毎日来て当たりまえ」なのか…
    仕事がぎっしり詰まっていて、仕事関係の試験もあるため行かない・・・と決めてはいるものの、近場にいるというだけで悶々とする日々です。

    こういう感情は人にはなかなか話せないないようですが、
    世の中には同じ思いをしている人がたくさんいて、
    気持ちをわかってもらえるというだけでありがたいことですね。

    • 秋桜 より:

      最近のコメント欄で見て、ものすごく気になったのですが考えているうちに見失い、実父母カテゴリで探したが見つからず、全てのカテゴリからずーっと探してようやくみつけました。何故か子育てカテゴリですね。
      (↑カテゴリを実父母に修正いたしました/嫁日々スタッフ)

      何年かぶりに長く実家に帰り、母と折り合いが悪く、ちょっとしたことで、心の中で、もう十分生きたのでは。。。。と思うダメ人間です。

      手術に立ち会われただけで本当に立派です。
      気にしたくなくても着信履歴で心が騒いでしまうのだと思いますが、どうか、なるべく気になさらず、心を強く持ってください。
      藤花さんの相談及び皆さんのコメントで、自分だけではないと救われました。
      虐待の連鎖を断ち切ろうとされているのも尊敬します。私は自分が母にそっくりでそれも苦しいです。

      嫌がらせ着信に負けないでくださいね。

      • 藤花(相談者) より:

        秋桜さん
        コメントをありがとうございます。
        秋桜さんも同じようにお母様との確執があったのですね。

        >藤花さんの相談及び皆さんのコメントで、自分だけではないと救われました。

        私自身も同じような経験をされている方の話を伺って救われた思いがします。
        辛い気持ちを受け止めていただけたというだけで。
        「人は、自分が経験していないことはわからない。」とよく言われますが、なかなか人には話せない内容=理解してもらえない内容だけに、この井戸端会議で救われました。

        地元に帰ってきてから今までは、お盆や年末年始に扁桃腺を腫らして寝込んだり、腿を大やけどをして動けなかったり、幸か不幸か、実家に行かずに済んでいました。
        この暮れはどうしようか・・と悩みはありますが、仕事で忙殺される日々が悩みを隠してくれています。
        距離を空けていると、ストレス性胸痛も起きないので、何も無ければ子どもたちを連れていくくらいは・・・とも思いますが、また心が凍りつきそうでなかなか決心がつきません。
        亡き父が生きていたら、また違うのかもしれませんが・・・

        今の私の夢は、主人の母のように誰でも優しく温かく受け入れる姑になり、息子たちが結婚しても気軽に帰ってこれる「家」を作ることです。

        私と同じような辛い思いをされている方々が、少しでも心が楽になっていかれますよう、願っています。

  27. ひかり より:

    藤花様、こんばんは。私の場合は両親がどちらも毒親でした。私は手先が不器用なほか運動も苦手だったのですがそれで母親から折檻されました。もう両親は死んでいないのですが、私は心を鬼にして絶対にあんな人たちの供養や墓参りなど行かないと決めました。藤花様の人生はご自身のもので毒親のペットではないはずです。そんな鬼母などかなぐり捨てどうぞご自身の生きたいように生きましょうよ。余計なことを言って申し訳ないですが、そんな鬼母だったら死んでも葬儀など行かなくてもいいのではないでしょうか。

    • 藤花(相談者) より:

      ひかりさん
      遅くなって申し訳ありません。コメントありがとうございました。

      ご両親ともに大変だったのですね。お察しします。
      私の場合は父が私のことを理解してくれていたので、父が亡くなった時には葬儀で涙が止まりませんでした。私はこれからどうなるんだろう・・・と。
      母とは手術時以来、1年以上経っていますが、会っていません。
      母は闘病中ですが、もし何かあった時に、母の葬儀では涙も出ない気がします。子どもたちには優しいお祖母ちゃんなので、子どもたちを連れて葬儀に行こうとは思います。疎遠になっている兄が連絡してくれるかどうかもわかりませんが。
      その時になってみないとわかりません。
      その時まで、心が少しでも癒されて軽くなっていてほしいとしみじみ思っています。

      そして、私の子育てはどうだったんだろう?と振り返るときに、子どもたちの歴代の担任の先生方に
      「純粋でまっすぐ育っています。優しくて、人を深く思うことができる。」
      「笑顔がいいですね。いつもにこにこしています。」
      などと言われていたのを思い出しては、子どもが笑顔で過ごせたことに安堵し、負の連鎖が止められたのならいいと。

      子どもをストレスのはけ口に使う親が、世の中から減っていきますように・・

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