
そんなこんなで、両家の顔合わせもすんだが

結納の時は、仲人を快く引き受けてくれた
アニキ夫婦が両家を行き来しただけで

両家の親が、それぞれの家を訪れることはなかった。
私の姉が結婚した時は
家も近いし、家庭環境も似ていたこともあって
義兄の両親とうちの両親はとても意気投合していた。

若夫婦とは関係なく
一緒に釣りに行ったり、旅行に行ったりしていた。
それを思うと、自分の結婚に少々の不安も感じたが
35歳と26歳の当人同士はラブラブなわけで
それで破談になるということはなかった。

当時はまだ、結婚式のメニューといったら
鯛の尾頭付きのお祝い御膳が主流だった。
でも、せっかくフランス料理が自慢の老舗のホテルを
予約したのだからと、憧れのフルコースをねだった。
しかし当日、抹茶家の強い要望で
フルコースにお赤飯がプラスされていた。
今から思えば、ダンナが一生懸命
お義母さんたちを説得したんだろうなと思う(笑)
そして、結婚式と言えば花嫁衣装。
私は母と2人で衣装合わせに行った。
たしか打ち掛けを5着ほど羽織った頃…

と、ピンクの色打ち掛けを私が羽織った時に
母の目が輝いた。

この時初めて、
「ああ、私、本当に結婚するんだなぁ…」と感じた。
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2009年10月21日 |
episode 8, 嫁入り物語 | コメント
(29)

今回は少し、私の母の話を…

だから私は母から姑の苦労話をあまり聞いた事がない。

5人の妹弟は、もちろん全員独身で
母は二十代で、あまり年の変わらない義妹や義弟の
母親代わりをすることになった。
4人の義妹はそれぞれ仕事を持ち、
OLや銀行員やデパガールといった
今も昔も変わらない、独身貴族だった。
一番下の弟にいたっては、まだ大学生で…

それはそれで大変だったそうだ。
妻であり、幼い私達の母であり、黒蜜酒店のおかみであり
5人の義妹弟の母親代わりでもあった。
で、その最たることは…

義妹の母親代わりとなって
4人の嫁入り支度を整えたことだった。

今でこそ、懐かしい思い出話として話せるが
当時は本当に大変で、何度も隠れて泣いたことがあったそうだ。
しかし、私の記憶では
いつもワイワイガヤガヤと楽しい大家族だった。
みんな嫁いだ後も盆暮れとなれば集まり再び賑やかになる。
(そんな時も、母は大変だったんだろうが…)
みんなから「ねえさん、ねえさん」と慕われ
嫁いだ先の苦労や悩みが多ければ多いほど
母は、頼りにされる存在になっていった。
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2009年10月14日 |
episode 7, 嫁入り物語 | コメント
(25)


しかし、父親の言ったことは間違っていなかった。
親族が全員、教員か公務員だった抹茶家では
酒屋を営んでいるココア家は未知との遭遇だった。
だから、私の叔父が現役の小学校の校長先生だと知ると
本当に喜んでいた。
内心「そんなの関係ねぇ」と思っていたが
わざわざ口にはしなかった。
そして、私の結婚にもう一人強力な後ろ盾がいた。
そう、あのアニキだ。(アニキを知らない人は→誰似?)
私が短大でアニキの教え子だったと知るやいなや
すぐ抹茶家から確認の電話が入ったそうだ。

と、アニキのリップサービスのおかげで、
私はバニラクリームの結婚相手として、
抹茶家に認められたようだ。
しかし、そのアニキが自ら…

アニキは知っていた。
バニラクリームが逃げても逃げても
母と叔母から逃げ切れず、いつももがいていることを。
逆にその呪縛から、引き離そうと
アニキは大学受験を指導したり、就職先を紹介したりしたが
やはり2人はクリームの後ろをいつもついて回っていた。
しかし元をただせば、アニキも母親の知り合いの先生に頼まれて
紹介された家庭教師だったわけで
何もかも母親の手のひらの上だったとも言える。
ま、そんなこんなで両家の初顔合わせの日がきた。
場所はちょうど中間地点にある高級料亭のお座敷。

この時は、母親同士熱心に話をしていたが
話のほとんどが、お義母さんの生い立ちと嫁ぎ先の話に
終始していたらしい。
(詳しくは お嬢登場 お嬢登場2 お嬢退場 を読んでね。)

と、結婚までの道のりは
ルンルンの恋愛中とはくらべものにならないほど
エネルギーのいることだった。
(続く)
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2009年10月7日 |
episode 6, 嫁入り物語 | コメント
(29)


いろんな思いが錯綜したおばさんだが
とにかく本人に確認。

ホテルの打ち合わせには、2人で何度か行っていたので
まさかバニラさんが家族に内緒にしていたとは
思いもよらなかった。
で、私はその事実を知らないまま
バニラさんの実家へ初めて訪問することになった。

バニラさんからは、母親は自分が2歳の時に離婚し
その後市役所に勤めながら、女手ひとつで育ててくれた
という話しか聞いてなかった。
しかし家には年配の女性が4人と男性が1人。
この人たちが、どういう人かという説明もないままに
私は家族構成から両親の仕事から出身地から学歴から
いろいろと聞かれた。
滞在時間は1時間ほどだった。

内心私は、私の家族がバニラさんを温かく迎え入れたように
私もバニラ家では、大歓迎してくれるものだと思っていた。
母一人子一人の家庭なら、なおのこと
家族が増えることで
より楽しいひとときが一緒に過ごせると思っていた。
ところが、招かざる客という感じだった。
本当にどんだけおごっているんだ、私は…

ほっとしたら、涙が出た。
この追いかけて来てくれたおじさんは
お義母さんの4人姉弟の末っ子の弟さんだった。
私はこの時のこの言葉にとても救われた。
てか、このおじさんがいなければ結婚してなかったかもしれない。
結婚は当人同士がちゃんとしていれば
その家族なんか後からついてくるものだと思っていた。
でも、違っていた。
結婚後も、私はこのおじさんにとてもお世話になった。
いつも私の味方になって嫁姑の間に入ってくれた。
しかし、残念ながら四年前に癌を患い他界された。
3人の娘さんがいて、末娘さんが私と同じ年だ。
そのせいか私のことも、最後まで気にかけていてくれた。
私のもう一人のお父さんだった。
(続く)
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2009年9月30日 |
episode 5, 嫁入り物語 | コメント
(116)

そして、私たちの交際は順調に進み…

私の家族は皆、バニラさんが大好きで
1日も早く結婚することを楽しみにしていた。
しかし別の角度から見れば
仕事とバイクしか興味のなかった頑固娘を
よくぞ嫁にしようと決心してくれた(泣)
ぐらいかもしれない。
さて、その頃抹茶家では…

両親を看取り、定年を迎え、やるだけのことは全てやった。
あとは一人息子の行く末だけが心配な2人だった。
しかし、30を過ぎた息子からはなんの連絡もなく
掃除と洗濯だけが唯一の楽しみの2人だった。
しかし、そんな静かな毎日を打ち砕く
運命の電話がかかってきた!


(続く)
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2009年9月24日 |
episode 4, 嫁入り物語 | コメント
(31)

忘れもしない、付き合い始めて
初めてのクリスマスイブ。

私から言わないと、万事この調子だった。
もちろんクリスマスサプライズもなく
大渋滞の中、車でさまよう2人。
案の定、どこへ行っても…

それこそファミレスまで満員だった。

おい(汗)。
本当にダメダメなクリスマス。
普通のカップルなら、この日を境に別れていることでしょう。
しかし付き合いだけは長かったので
妙に所帯染みてて、それでギクシャクすることはなかった。
「ここ、すいてるよ。」と見つけたお店は…

本当に今日はクリスマスイブなのか、と
疑いたくなるほで店内は静かだった。
しゃべる声が響き渡るためオチオチ愛も語れない。
なべのグツグツという音がBGMだった残念なクリスマス。
でも恋愛中はそんなところも
「飾らない人ね」といい方に解釈されるから不思議。
そしてその頃、ダンナは公団で一人暮らししていた。
築年数がかなりありそうなその建物は
私が想像していた憧れの一人暮らしとは
かなりイメージが違っていた。
しかし…

なんと、こんなところでサプライズ!

突然の訪問にも関わらず部屋がむっちゃくちゃきれいだった!
こっそりのぞいた押し入れの中も
びしっとアイロンをかけたシャツが4〜5枚かけてあり
古い建物だが、その室内には完全無欠の潔癖オーラが
ぷんぷんに漂っていた。

と、謙遜していたが、これは違う。
ほこりひとつ、手あかひとつないのだ。
ダンナの背景に、目には見えない大きな何かが存在する。
ダンナの後ろに誰かいる。
ダンナのバックに何かいる。きっといる。
……
……
……

いた。
後で聞いた話では
週1ペースで2人は掃除と洗濯に通っていたらしい(汗)
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2009年9月16日 |
episode 3, 嫁入り物語 | コメント
(28)

20年前は、今では想像もつかないほど
仕事が次から次へと舞い込み、残業の日々だった。

しかし、仕事は楽しいし上司は恋人だしで>こら。
会社で遅くまで働くのは、全く苦痛ではなかった。
そして、帰宅時間が遅くなると…

な〜んて、声をかけられたりするんだけど…

と、社内のみなさんは何のお気遣いもなく割り込んで来た(笑)
そして毎日のようにみんなで残業し、飲みに行き、遊んだ。
最後はダンナが全員を自分の車に乗せて
駅や自宅まで送り届けていた。
でも、いつも1番最後に送り届けてくれるのは私だった。

2人になると、いろんなことを話した。
デートらしいデートはほとんどなかったが
あの頃はこれで十分だった。
それでも物足りないときは…

と、当時夜中の2時頃までやっている
小さな本屋さんに寄った。

しかし、お互い自分の好きな本を黙々と読むだけ。
でも、ここで料理の本やインテリアの本を読んでは
私なりの花嫁修業をしていた(笑)
この頃は、私がどんなに帰宅時間が遅くなっても
「バニラさんと一緒だよ」と言えば親は安心した。
しかし一方で

と、カヨコおばさんも交えて本人不在の
話し合いが続いていた。
(続く)
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2009年9月9日 |
episode 2, 嫁入り物語 | コメント
(17)


20年前、このプロポーズから私の「嫁入り物語」が始まった。
ここまでのいきさつはブログ「7人家族の真ん中で。」より
<本日はお日柄も良く>
1〜9話でチェケ!してね。

当時の私は浮いた話のひとつもなかったので
母はずいぶん驚いた。

当時、「女性はクリスマスケーキ」と揶揄されていた。
25を過ぎると売れなくなるというのだ。
(今では思いもつかないことですが。)
姉は24歳で結婚していたが、
私は26歳になってもその気配いがなく、母も心配していた。
世はバブル景気で賑わっており
女性の仕事は「こしかけ」で、素敵な男性を見つけたら
みんなに祝福され寿退社をすることが花道とされていた。
しかし反対にDCブランドの服を着こなし
自立したキャリア志向の女性も急増していた。
私も自分の仕事が一生続けられるようにと道を選んできた。
だから母も
「クリームさんとなら、きっと結婚と仕事の両立ができるわ。」と
諸手を上げて喜んでくれた。
姉は
「人気のホテルウェディングは予約が1年後までいっぱいだから」と
とにかく早く申し込むことをすすめた(笑)
一方、その頃バニラ家では…

子の結婚を心配するところまでは同じだが
少々両家には温度差があるようだ。
(続く)
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2009年9月3日 |
episode 1, 嫁入り物語 | コメント
(41)
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