
20年前は、今では想像もつかないほど
仕事が次から次へと舞い込み、残業の日々だった。

しかし、仕事は楽しいし上司は恋人だしで>こら。
会社で遅くまで働くのは、全く苦痛ではなかった。
そして、帰宅時間が遅くなると…

な〜んて、声をかけられたりするんだけど…

と、社内のみなさんは何のお気遣いもなく割り込んで来た(笑)
そして毎日のようにみんなで残業し、飲みに行き、遊んだ。
最後はダンナが全員を自分の車に乗せて
駅や自宅まで送り届けていた。
でも、いつも1番最後に送り届けてくれるのは私だった。

2人になると、いろんなことを話した。
デートらしいデートはほとんどなかったが
あの頃はこれで十分だった。
それでも物足りないときは…

と、当時夜中の2時頃までやっている
小さな本屋さんに寄った。

しかし、お互い自分の好きな本を黙々と読むだけ。
でも、ここで料理の本やインテリアの本を読んでは
私なりの花嫁修業をしていた(笑)
この頃は、私がどんなに帰宅時間が遅くなっても
「バニラさんと一緒だよ」と言えば親は安心した。
しかし一方で

と、カヨコおばさんも交えて本人不在の
話し合いが続いていた。
(続く)
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2009年9月9日 |
episode 2, 嫁入り物語 | コメント
(17)


20年前、このプロポーズから私の「嫁入り物語」が始まった。
ここまでのいきさつはブログ「7人家族の真ん中で。」より
<本日はお日柄も良く>
1〜9話でチェケ!してね。

当時の私は浮いた話のひとつもなかったので
母はずいぶん驚いた。

当時、「女性はクリスマスケーキ」と揶揄されていた。
25を過ぎると売れなくなるというのだ。
(今では思いもつかないことですが。)
姉は24歳で結婚していたが、
私は26歳になってもその気配いがなく、母も心配していた。
世はバブル景気で賑わっており
女性の仕事は「こしかけ」で、素敵な男性を見つけたら
みんなに祝福され寿退社をすることが花道とされていた。
しかし反対にDCブランドの服を着こなし
自立したキャリア志向の女性も急増していた。
私も自分の仕事が一生続けられるようにと道を選んできた。
だから母も
「クリームさんとなら、きっと結婚と仕事の両立ができるわ。」と
諸手を上げて喜んでくれた。
姉は
「人気のホテルウェディングは予約が1年後までいっぱいだから」と
とにかく早く申し込むことをすすめた(笑)
一方、その頃バニラ家では…

子の結婚を心配するところまでは同じだが
少々両家には温度差があるようだ。
(続く)
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2009年9月3日 |
episode 1, 嫁入り物語 | コメント
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