身内が亡くなった時の後悔、悲しみの乗り越え方について。

匿名さんのご相談

どこにも吐き出す場所がないのでここで吐き出させてください。
先日、母方の祖父が亡くなりました。末期の肝臓がんで、80歳でした。
祖父は昔気質の職人で、口数が少なく滅多に笑わない人でした。
明るく話しやすい祖母とは対照的な性格で、実は私は少しだけ祖父に対して苦手意識を持っていたんです。
それでも幼い頃から可愛がってもらったので、私自身も後々後悔しない為に恩返しをしたいと思い今年は敬老の日にペアの湯呑みを渡したり、祖父と祖母の結婚記念日を一緒にお祝いしたりしました。

祖父は病院にいるが嫌で入退院を何度か繰り返し、つい1周間くらい前まで自宅にいたのですが容態が悪化し、ここ4日くらい前に再び入院したんです。
その時、医者に「持って1週間」だと言われたらしく、その日から祖母が祖父の病室に寝泊まりするようになりました。
私は医者の言葉がまだ信じられなくて…きっとまだ大丈夫なんて根拠のない自信すらありました。
そして先日、私が母と一緒にお見舞いに行くと思ってたよりも体調が悪そうな祖父の姿に言葉を失いました。
横になっていて、見るからに弱々しい姿なのです。
ただ、会話はかろうじて一言三言ですが出来たので祖母が何度か話しかけたりしていたのですが。

そしてその日は遠方から叔母夫婦がやって来ていて、病室がとても賑やかだったのです。おそらく、祖父が再び入院してから一番賑やかな日だったと思います。
私が目の前に立つと、綺麗になったと弱々しい声で褒めてくれ、帰り際に「じゃあね、また来るね」と声をかけると無言で手を振ってくれました。
その時、私は帰り際に祖父の手を握ろうか迷ったのです。でも、照れとかちょっとした苦手意識が邪魔をして、指先にちょんと触れて挨拶する事しか出来ませんでした。
帰りの車の中では、「明日お見舞いに行った時は手を握ってみようかな…」と考えていたのですが、その日の夜に祖父は亡くなってしまいました。
頭の中は「どうして」という思いでいっぱいで、亡くなってからしっかり祖父の冷たい手を握ってとても後悔しました。

こんな事になるならあの時勇気を出して手を握っておけばよかったと。亡くなってから失ったものの大きさに気付かされたような気がしました。
それに、実は一度お見舞いに行って帰宅してから3時間後くらいに今度は母が父を連れて一緒にお見舞いに行ったのです。
その時、「私も行こうか?」と聞いたのですが、母が「もう遅いし、今日一度行ったからいいよ」と言って私は家に残ったのです。
今更ですがあの時行っておけば良かったな…と本当に後悔ばかりで泣けてきます。

祖父は亡くなる直前に少し吐血してしまったらしく、隣で寝ていた祖母が微かな物音に目が覚めて祖父の状態を確認した時にはもう息を引き取っていたそうです。
ただ、死に顔に苦しんだような様子はなく、まるで眠っているようでした。祖父の、いつもの寝顔でした。
それでも一人になると何度も繰り返し思うのです。祖父は命の炎が消える瞬間、苦しくなかったかな、痛くなかったかな、怖くなかったかな、と。
それに私は祖父にとっていい孫だったのかな、祖父は幸せだったのかな、とも。
どうして人は皆死んでしまうのでしょうね…。もう二度の祖父と言葉を交わせないと思うと切なくて切なくて胸が張り裂けそうです。
身内の死はどうすれば乗り越えられるのでしょう。時間が解決してくれるのでしょうか…?


悩める匿名さんに
みなさまアドバイスお願いします!


カテゴリー: その他


身内が亡くなった時の後悔、悲しみの乗り越え方について。 への20件のコメント

  1. みにみにぃ より:

    こんにちは。
    私は本当につい先日母親を亡くしました。
    元々難病を患っていましたが、最後の二ヶ月は病院でほぼ寝たきり
    気管挿管から気管切開までやり、何も食べれずしゃべることも
    最後まで出来ずに68歳で亡くなりました。
    私はフルタイムで仕事をしており、まだ小さい子供もいるため
    付きっきりでいてあげることも出来ませんでした。
    父親はもう他界しており、治療内容にしても延命についても
    何度も選択をしなくてはならず、そのたびに悩みました。
    「母にとって最善は何か。自分が後悔しない選択は何か」

    そんなとき、主治医の先生が言ってくださったんです。
    「何を選択しても悔いの残らない人はいませんよ」と。
    その言葉に今とても救われています。
    私も今も考えます。
    ああすれば、こうすれば少しは違ったんじゃないか。
    最後は苦しかったのかな。
    もっとそばにいて欲しかったかな。
    でも答えは一生出ません。
    答えてくれる相手がいないからです。
    だったらきっと、残された人たちが笑っているほうがいいと思いませんか。
    それに出来なかったことを悔やむのは、亡くなった人のためじゃなく
    自分の罪悪感から逃れたいだけのような気がするんです。
    悔やんでも悔やんでも戻らない。
    その分、それを今傍で生きている人たちのために使いましょう。
    私もそうしようと思います。
    これは私の勝手な想像ですが、匿名さんのお爺様はきっと
    お孫さんと最後の夜に会えて嬉しかったと思いますよ。
    ちなみに私の母は気管切開をしていたので、飲食が出来なかったのですが
    最後までメロンが食べたいと言っていたのに叶えてあげられなかったこと
    それが今も悲しいです。
    仕方がなかったんですけど、一生忘れないと思います。

  2. 緑子 より:

    うーん、私はまだ孫はいませんが、自分が死んだあとに孫がこんなことを思っていてくれたんだと思うとおばあちゃん冥利につきると思います。
    おじいさまも匿名さんに対してあれをしてあげたかった、これをしてあげたかったと心残りがあったかもしれませんよね。
    でもあなたは何々して欲しかったとか思わないし、書かれていることを拝見するとただただおじいさまを大事に思っていたことだけが伝わります。
    きっとおじいさまも匿名さんに後悔なんてきもちは持ってほしくないと思いますよ。
    優しい孫に最後に会えて幸せだったなと旅立たれたのではと推測します。
    遺影にたくさんお話してあげたらどうでしょうか。
    まだきっとそばにいらっしゃいますよ。
    どうか匿名さんの気持ちが軽くなりますように。

  3. もも より:

    そんなに想われてお祖父さんは幸せですね。
    亡くなった方への供養は、想いだすこと、
    だとおもいます。
    恥ずかしかったけど、指先にちょんとふれたこと
    お祖父さんはきっとうれしかったとおもうし
    主さんのきもち、とってもよくわかっていたとおもいますよ。
    だれにも言えないとは、ご家族にはお話できないのでしょうか?
    お友達にも?亡くなった方については話すほうが
    ご自身も整理がつくとおもいますよ。
    そんなに後悔しているなんて、いい孫ですよ。^^
    お祖父さんはきっとありがたいとおもっていると
    おもいます。

  4. るん より:

    数年前に祖父、祖母と亡くしました。
    祖母に関しては、当日まで元気で来るまで2時間半高速を走って友達に会いに行き、帰ろうと立ち上がった瞬間に大動脈解離を起こしてそのまま亡くなりました。84歳でした。
    祖父はその2年後、痴呆も出て転んだことで脊椎損傷、半年間寝たきりで入院してそのまま病院で亡くなりました。85歳でした。
    匿名さんは今度はこうしようと思って今回はしなかったという後悔もあるかもしれませんが、亡くなる当日に会う事が出来、おしゃべりと触れ合う事と出来たのならそれはもうそれで、良かったな、と思っても罰は当たらないと思います。
    私は祖母の時は覚悟が出来ていなかったのと、亡くなった1週間後に会いに行く約束をしていたのですが、もっとこまめに顔を出せばよかったと後悔したものです。

    残されたもの達で思い出話に花を咲かせ、おじいちゃんこれ好きだったよねって時々好きな食べ物を食べて、後は時が解決してくれるのを待つしかないのかもしれません。
    でも、おじいさんの安らかな寝顔が全てを語っているのかと思います。亡くなる寸前まで愛する子供達やその子供達に囲まれ、愛する妻の存在を感じながら旅立てるなんて、最高な旅立ちだと思います。
    もっとこうすればよかったというのはなかなか消えないとも思いますが、おじいさんが幸せであったのだと、決して不幸な旅立ちではなかったのだと、申し上げておきます。
    少しでも癒されますよう
    ご冥福をお祈りいたします

  5. さと より:

    こんばんは、匿名さんは優しい方なのですね。
    言い方は悪いのですが、今の気持ちはきっと時間がたてばおさまります。
    時間がたっておじい様が亡くなったのだということが受け止められたら「後悔」ではなく「思い出」が胸に残ります。
    決して忘れるわけではなく、おじい様は匿名さんの心の中で「思い出」として生きていくのです。
    まだお若い方なのでしょうか?
    若い内は「身内が亡くなる」ということが衝撃的で、悲しみや後悔が先に立ってうろたえてしまうことが多いと思います。
    けど、皆さんが仰っているように可愛いお孫さんにこんなに想われているおじい様は幸せだと思います。
    お気持ちは、きっとおじい様に伝わっていると思うし、匿名さんが優しいお孫さんだということは、おじい様が一番よくご存じだったと思いますよ。
    身内を亡くすことは本当に悲しい事ですが、いつまでもお気を落とさずに、
    きっとおじい様が大好きだっただろう笑顔の匿名さんに戻ってくださいね。

    えらそうな事言ってますが、私も亡くなった人に対しての後悔は有ります。
    でももう、それをやり直すことはできないのだから、後悔を胸にしまって「こうできてよかった」ということを考えるようにしています。
    ちなみに、私が一番できてよかったと思うことは、結婚相手を祖母に見せられたことです。
    それと、結納の際に祖母が成人式に買ってくれた振袖を着て、その姿を夫と一緒に祖母に見せに行けた事。
    もう話すこともできなくなっていたけど、心ではわかってくれていたと思っています。

  6. ひよこのこ より:

    永遠のお別れに後悔は付きものです。
    後悔しないように後悔しないようにと一生懸命考え、行動していたって、後悔はしてしまいます。親い人の死を幾度か経験して、そういうものなんだな、と、私は感じています。

    ただ、後悔の数は減らせます!
    手は握れなかったけれど、指先ちょこんができたじゃないですか。何もしなかったわけじゃない、勇気を出して指先ちょこんしたんですから、それがおじいちゃんに対する十分なお見送りだったんだろうな、と想像しました。お気持ちはおじいちゃんにも伝わっているんじゃないかな : )

    おじいちゃんが、永遠の別れとの向き合い方を教えてくれたんですね。とっても素敵なお別れだと思います。少しずつ、時間をかけて元気を出してくださいね。

  7. ふー より:

    他の人もおっしゃる通り、匿名さんは良いお孫さんですね。お祖父様は幸せです。わたしもこんな風に思ってくれる孫が出来たら嬉しいな、と。
    それでも悲しい日々はおつらいですね。お察しいたします。

    私は近しい身内というと、同居の祖母、母、父という順で亡くしています。
    祖母の時はまだ中学生だったので自分のこと優先、お見舞いも親に連れられて渋々という祖母不幸っぷりでした。
    母の時はもう悲しくて悲しくて、後悔云々よりまず喪失感でいっぱいという状態でした。
    父の時は私もだいぶいい歳の大人でしたので、父に対してやれることはやりきったかな、とも思えましたがそれでもやはり後悔も喪失感もすごかったです。
    人間、何度身近な人を見送っても満足のいくお別れなんてできないものなんだと思います。匿名さんの今の「後悔する気持ち」込みでお別れの儀式なのです。
    後悔の念は時間とともに必ず薄れていきます。その後には良い思い出で溢れてくることでしょう。その日までお祖父様のことをたくさん思い出してあげてください。

  8. モモ姉さん より:

    まずは…
    お祖父様の御冥福をお祈りいたします。
    私も父を1年前に病気で亡くしていますので、主さんのお気持ちよくわかります。
    最期の時に 親戚の方々を来て賑やかだったのはきっとお祖父様も久し振りに楽しい時間を過ごせたのではないでしょうか?
    お孫さんにそこまで想ってもらえてお祖父様もきっととても嬉しく誇らしい気持ちだったと思います。

    私の場合、父が亡くなる2週間くらい前から病院に寝泊まりしていましたし、息を引き取る瞬間は家族がちょうど揃っていた時だったので家族全員で父を看取ることが出来ましたが、どんなにやり尽くしても亡くしてからはやっぱり様々な後悔に打ちのめされそうになりました。

    故人を思いやる気持ちは一番の供養だと思います。

    お墓参りの際にはそっとお墓に眠るお祖父様に語りかけてあげてください。
    きっと喜ぶと思います。

    ある有名な方の言葉です。

    人は生涯で二度死ぬ。
    1度目は肉体が死んだとき。
    2度目は周りの人からの記憶から無くなったとき。

    私もこの言葉に少し気持ちが楽になりました。

  9. さんご より:

    こんばんは。
    私も最近、94歳の祖母を亡くしました。
    世間で言えば十分な年齢でしょうが、それでも
    悲しみは大きいです。
    元気な時に、もっと顔を出せば良かった。
    美味しいものを、もっと食べさせれば良かった。
    色んな事を話し聞けば良かった…。
    キリがありません。きっと、どんなに尽くしても、こういう思いは残るものなのだなと今、感じています。
    最近、たまたま手に取った本で、お線香は、あの世に繋がる電話と書いてあり、焚きながら手を合わせ、思いを声に出して伝えれば、きちんと亡くなった方に通じると書いてありました。
    私も、きっと祖母がそばで聞いていると信じ、手を合わせる時に、声に出して遺影に向かって話しかけています。
    匿名さんの優しい気持ちも、きっとお祖父様に伝わっていると思います。
    こんなに想われて幸せな、お祖父様ですね。

  10. すみれ より:

    初めてコメントします。

    私は所謂内孫(父方の)で、祖父母の両親に対する態度(仕打ちと言ってもいい)を目の当たりにして育ちましたので、祖父母が嫌いでした。
    祖父母とも年をとり、認知症が出たり、寝たきりになったりしましたが、両親の負担を少しでも減らしたくて、休日や夜間は介護(下の世話を含め)もしました。
    私が実家を出てからは、亡くなる1週間ほど前から毎日電車で2時間弱を往復し、仕事をしながらお見舞い・介護と出来ることは全てやったと思います。

    そして長い自宅介護の末、祖父が亡くなり、数年後に祖母が亡くなりました。
    どちらの時も涙の1滴も出ず、涙する父と、肩を落とす母に代わり葬儀の手配等一切を引き受け、淡々と処理しました。
    あんなに酷い仕打を受け、大変だった介護から解放されるのに、それでも親の死は悲しいものなんだなあと、冷めた目で見ていました。
    7回忌が終わった今でも、私は父方の祖父母に対する懐かしさや、肉親の情というものは湧いてきません。
    こんな酷い孫もいるのです。

    逆に母方の祖父母に対しては、匿名さんと同じように、後悔もあるし、もっともっと・・・という気持ちがありました。
    本当に本当に大好きだったから、訃報を聞いた時には号泣しましたし、葬儀の後も何度も思い出しては泣きましたよ。
    今でも母方の祖父母の写真は大事に置いてあります。

    ということからも分かるように、一口に孫といっても存命だった頃の関係によって、気持ちはそれぞれです。
    私という同じ人間の中でさえも、父方と母方に対してこんなに差があるのです。

    どれだけ後悔があるとしても、きっとそれは愛情の側面なんだと思います。愛情が深い分だけ後悔すると言ってもいいのかもしれません。
    でも後悔があっても、共に過ごした幸せな時間や情景を心に思い浮かべることが出来るのなら、今はそれでいいのではないでしょうか。
    だってそこには愛がありますから。

    自分の肉親を愛せないことはツライし、自分がオカシイんじゃないかと時々思います。
    いつか父方の祖父母に対して、懐かしく思える日が来ればと思いますが・・・。おっと、私の話はどうでもいいですね。すみません。

    匿名さんの中にはおじい様に対する愛情があるんですから、きっといつか全部がイイ思い出になると思います。愛を持って過ごせば、時間って優しいものです。私が保証します。
    おじい様に出来なかったことは、おばあ様にしてさしあげて下さい。
    きっとおじい様も喜ばれると思います。

  11. もぐもぐ より:

    母を数年前に亡くしました。
    この悲しみが癒えることが出来るのか・・・と当時は辛くて、どう乗り越えようと思っていました。

    でも私は母であり、妻でもあり、会社員でもあり、日々を生きていくしかないんです。
    毎日を大切に生きること。
    あと、家族、兄弟、友達が私を悲しみだけの生活から救ってくれました。
    時間もあります。
    きっとお父さんを亡くした、匿名さんのお母さんも悲しみの中にいます。
    寄り添って、時には思い出し、話をして下さい。
    仏壇もお墓もお参りして話しかけて下さい。
    一年を通して、月命日、49日、一周忌とお参りの機会も沢山ありますので少しずつ、おじいさんを亡くしたことを受け止めていけばいいと思いますよ。

  12. gary より:

    家族を亡くすと多からず少なからす後悔するものです。
    私は後悔の念を、いっぱい泣く事で昇華しました。
    また故人にはいっぱい感謝しました。
    そうすると、時間の経過と共に、
    少しずつ少しずつ受け入れられるようになります。

    人と同列にしたらいけないかもしれないけど、
    私は先月愛犬を見送りました。
    入院先の病院で亡くなったので、
    苦しかったろうな、寂しかったろうな…と、
    今もまだ胸が苦しいです。
    でも、時間をかけて受け入れないといけないと思ってます。

  13. ゆうこ より:

    お気持ちすごく分かります。
    私はもう39歳ですが、中学校の時に大好きな祖父が亡くなりました。
    学校ではいじめにあっていて、家では弾き者になっていた私に、1番良くしてくれていた祖父です。
    もう自分もこのまま消えてなくなりたいと思ったのを覚えてます。毎日毎日つらく、中学卒業後は家を出ました。
    今でも年に数回、すごーーくじぃちゃんに会いたくなります。
    なぜあの時…って思う事もたくさんあります。
    もっともっと生きて欲しかった、本当に大好きなじぃちゃんです。

    今はつらくても、時間薬があります。
    でもずっと気持ちの中で大事なおじいちゃんでいてあげることが、孝行なんじゃないかな?と思います。

    20年たっても癒えませんが、その想いも私にとっては大事です。
    それでいいと思ってます。
    これ書きながらじぃちゃん思い出しちゃって泣いてしまってるくらいですから(笑)

  14. らら より:

    涙が出てしまいました。
    お気持ちお察しします。
    おじいちゃまに気持ちが届いて、安らかな幸せな気持ちで見守っていてくれていると思いますよ。伝わってるから、大丈夫です。

  15. みち より:

    生きているものは必ず死にますね。
    書いてしまえば当たり前のことですが、身内を亡くしたとき、初めてそれが骨身に滲みますよね。

    私も去年、突然に父を亡くしました。

    死という厳粛な事実を受け入れがたいとき、
    愛が深ければ深いほど、
    なにも悪くなくとも、後悔の気持ちが出るような気がします。

    悲しんでいいよ、こんなにおじいちゃんのこと大好きだったんだから、と
    ご自分の心に言ってあげてください。

    私はスピリチュアルな人ではないのですが、父が亡くなったあと、
    深い悲しみとはまた別のところで、体を離れた父の安らぎや喜びが感じられたような気がしました。

    亡くなってしばらくは、心の中で父に話しかけると、時折返事が聞こえる気がしたこともありました。

    死という扉をくぐり抜けたあとは、何のこだわりも苦しみもなく、ただ安らかで幸せなのかもしれないとも思いました。

    そうは思っても、やっぱり悲しみに呑まれる時はあるし、そういうときは遠慮なく泣きます。
    それでいいとも思っています。

    そして、父の死から学んだ、生ある今を大切にするということを、日々意識していたいと思っています。

  16. のんちゃんまま より:

    相談者さまの辛いお気持ちわかります。

    お盆やお正月のときくらいしか会えませんでしたが、いつも優しい祖父のことが大好きで月に一度くらいのペースで文通していました。
    私が良い成績をとったり習い事で昇級したりしても両親はあまり褒めてくれなかったのに、祖父がとても喜んでくれるのが嬉しくて手紙で報告していました。

    祖父が88歳で亡くなったのは私が11歳のときです。
    夏休みに祖父の家で姉や従姉妹と一緒に遊んでいると、祖父が私たちのあとをついて回ってきました。
    それまで一度もそんなことはしたことがなかったのに、祖父がついてくるので私たちは「またおじいちゃんがきた~」といって逃げ回りました。
    そして、田舎から帰ってきて2週間もしないうちに祖父が亡くなったと連絡がきたのです。

    祖父はもう会えなくなるとわかっていて、これが最後だとわかっていてついてきたのじゃなかったんだろうかと思い、後悔の気持ちでいっぱいで苦しくて苦しくて毎日毎日泣き続けました。どうしておじいちゃんともっと話さなかったんだろう、どうしておじいちゃんと一緒に遊ばなかったんだろう、どうして逃げたりしたんだろう・・・と。

    11歳だった私が子供なりに考え続けて出した答えは「おじいちゃんをずっと忘れない」でした。
    まずは命日を忘れちゃいけないと心に刻んで、高校生になって初めて銀行口座をつくったときにパスワードを命日にしました。
    実は、それから40年近く経った今でもあらゆるもののパスワードに祖父の命日を混ぜています。今でもあの夏の日のことを思い出すと後悔で涙が出ます。

    ですが、先日お彼岸でお墓参りに行ったとき父・姉・従姉妹・伯父たちと話していても、祖父の命日を覚えていたのは私ひとりだけでした。そのときやっと自分の11歳のときの「おじいちゃんを忘れない」という誓いを達成できたような気がしました。
    匿名さんなりの方法でおじいさまを大切に思い続けること。それしかないんじゃないかと思います。一日でも早くお気持ちが軽くなりますように。

  17. namamin より:

    おじいさまはおしあわせでしたね
    きれいになったあなたに病床で会えて
    あなたは「またね」と言ってくれて
    おじいさまは、さようならと手をふって
    お別れができたのですものね
    ああ、
    孫は素敵なひとに育ってくれて
    ほんとうによかった
    どうか私の子供たち、孫たちが
    明るく、仲良く、楽しく、そして強くたくましく
    自分の人生を生きていってくれますようにと
    思ってくださっているものと思いますよ

    私たちの祖先がみなそうだったように
    死に際には子の、孫の、子孫たちのしあわせをただ静かに祈って逝かれるのです

    だからもう泣いたり悔んだり悲しんだりしないで
    おじいさまの孫に生まれたことを誇りに
    これから明るく自分の人生を生きていってください

    胸の中のおじいさまにかけてあげる言葉はただ一つ
    「ありがとう」です

  18. 匿名(相談者) より:

    まとめての返信で申し訳ありません。
    まさかこんなにも沢山の方から温かい言葉をかけてもらえるとは思わず、吃驚してしまいました。本当にありがとうございます。
    皆様から頂いたメッセージは一つ一つ大切に読ませていただいたのですが、自然と涙が次から次へと溢れ出てきてしまい、止まらなくなってしまいました。火葬をして多少吹っ切れたつもりだったのですが、吹っ切れたつもりになっていただけのようです。
    祖父が亡くなって1週間が過ぎましたが、この世のどこを探しても祖父がいない、生きてる祖父の顔や姿を見る事も声を聞く事も永遠に出来ないという現実がまだどこか信じられず、心の一部が麻痺してしまったような感じです。
    やはり祖父ともっと会話すれば良かった、もっと沢山、優しくしてあげれば良かったと後悔ばかりです。でも、皆様のメッセージを読み、少しずつ前を向く努力をしようと決めました。今度は同じような後悔を二度としないよう、私を支えてくれる家族には出来るだけ尽くして、周りが元気な内に親孝行や恩返しを沢山していこうと決めました。
    身内を亡くした悲しみはまだ癒えませんが、時間が少しずつ悲しみを癒してくれることを信じて、祖父の分まで毎日を大切に過ごしていきたいと思います。
    皆様、本当にありがとうございました。

  19. ゆゆ より:

    少し前の質問ですが今はいかがお過ごしでしょうか。
    お気持ちも少しは和らいでいると幸いです。

    私もつい昨日の早朝に祖母を亡くしました。
    91歳で別居状態でした。
    父親と三人で暮らしていたのですが、父と祖母が不仲で父に着いていく形で4年前に別居となり、心配はありながらもヘルパーの方や、交友のある方々が来訪してると聞いて少し安堵はしていました。

    15~18歳くらいの年頃の頃は思春期、反抗期真っ只中で酷い言葉も平気で投げつけて、それでも母の居ない私たちのために毎日ご飯を作ってくれていました。
    不思議ですよね大人になってからは人並みに優しく接してきたつもりではいたのに、なぜか亡くなった途端にそんな昔のことで後悔しています。
    猫が亡くなった時もそうでした。

    優しく笑いかけてくれてた顔ばっかりが頭に浮かんで、何に対してそんなに反抗してたのかも思い出せずただただ遺影に向かって謝り続けるしか思いつきません。

    今この記事に出会えていろいろな人のコメントを見れて良かったと思っています。

  20. ぶたさん より:

    祖父の死から一年経っても泣き暮らしている者です。
    こちらのコメントを拝見して、勝手ながら、心に寄り添ってもらえたような、安らかな気持ちになれました。
    知人友人には、普段仲が良いのに全く相談したいという気さえ起こりませんでしたが、名も知らぬ方の人生の重みを感じるひとつひとつの言葉が、すとんと心に響きました。
    匿名さんの質問と、それに応えて下さった温かい言葉に感謝です。
    ありがとうございました。。。

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井戸端会議が多くのお嫁さんにとって有意義な相談場所となるよう、ご協力よろしくお願いいたします。

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