suhonoさんのご相談
ファッジ様、みなさま、いつもお世話になりありがとうございます。
このサイトを立ち上げてくださったファッジ様に心から感謝いたします。
ファッジ様やみなさまのご意見を伺いたく投稿させていただきます。
「私の母が、私の祖父の介護放棄をしたことについて」
この話は、約7年前の私の実家でのことです。
私の祖父と私の母は実の親子関係で、当時祖父は84才、祖母80才、母は54才、私は33才でした。
私はもうそのとき実家を出ていました。
母は再婚相手と一緒に祖父の介護のため実家で暮らしていました。
祖父はその1年前に倒れ、それ以来寝たきりでした。
腎臓病と老化とその他もろもろが原因です。
週3回の透析、病院への通院、それらのことはすべて母と新しい夫さんがおこなっていました。
祖母も体が弱いため、家事もたいていのことは、母と夫さんがおこなっていました。
そんなふうに暮らしていた時、突然実家から連絡がありました。
駆けつけると、母と新しい夫さんは実家を出るから、これからは私と主人とで面倒をみてくれと・・こちらは寝耳に水の話でした。
話を聞くと、母と新しい夫さんは、祖父の介護はもうしたくない、これから出ていく、とのことでした。
私たち夫婦もそれぞれ仕事をもっていたので、急に言われても困るというと、もうこれからでていくからとの一点張り。
そして、実際家を出て行ってしまいました。
私たち夫婦も、祖父母をそのままにしておくわけにはいかないので、とるものもとりあえず実家へ引っ越しました。
そして、手探りの介護・家事・・。
母は、引っ越し先さえ教えてくれず、連絡も取れませんでした。
祖父は、私の父親のような存在でした。
私の母が、私が1才の頃に離婚したため、うちは実家で4人暮らしでした。
ですので、私は祖父のことが大好きでした。
私で役に立つのならと、私は一生懸命介護をしました。
祖父にはもっと長生きしてほしかったのですが、それから4か月で祖父は亡くなってしまいました。
このことがきっかけで、私は母と縁を切りました。
子どものころから腹に据えかねることは多々あったのですが、もうこれが限界でした。
今では一切連絡を取っていません。
母の住所は弁護士を通じて知りましたが、今そこに住んでいるのか、生きているのかすら私はしりません。
母が私を産んでくれたこと、子守歌を歌ってくれたこと、絵本を読んでくれたこと・・については感謝しています。(母は家事を一切しませんでした。仕事は事務のパートをしていました。)
私は、今後一切母と会いたいとは思わないでしょう。
幸せになってね・・とは時々思いますが、顔を合わせたらならば、きっと流血沙汰になるでしょう。
実際、祖父の話し合いのとき、私は母の顔を、一回張り手で殴りました。
私は一人娘なので、母がお星さまになった時一応収めるところは用意してあります。
ここまで読んでいただいたことを誠に感謝いたします。
みなさまの感想をお聞かせ願えないでしょうか?
できれば、実経験、身内にそのようなケースがある、とか、友達が、とか実際に見聞きしたことを添えていただけると嬉しいです。
広くみなさまのお考えを知りたいと思っております。
どうぞよろしくお願いいたします。
大変な体験をしましたね。
お祖父様も大変感謝されていることでしょう。
お祖父様も大変感謝されていることでしょう。
前回のご相談に続き、過去のモヤモヤを払拭するためのご相談。
絶対に忘れることはないことも、心に溜めずに書くこと、吐き出すことで、少し救われるような気持ちになりますよね。
皆様感想お願いいたします。
suhonoさん、こんにちは。
かなりケースは違えど、少し似た話を…。
私の父方の祖父は祖母やこどもたちを捨て、
ある日若い愛人と駆け落ちしました。
私の父と母が残された祖母を看取りました。
それから数十年後、85歳になった祖父は若い
愛人に先立たれ、父の元に連絡を入れてるきました。
それまで全くの音信不通だったのに。
「人生の最期はお前たち夫婦や孫たちと
過ごしたい」との訴え。なんという身勝手。
父は祖父との話し合いの場にビデオカメラを持って行き、
虫の良い訴えの一部始終を録画、そして冷たく
言い放ちました。「家族を捨てた貴方を親とも
思っておりません。希望は叶えられません。」と。
がっかりした祖父はその後1年くらいで亡くなった
ようです。
相談者様のお母様もこの先、虫の良いことを
言ってくるかもしれません。
でも、突き放していいと思います。
産んでくれたことや子守唄を歌ってくれたことを
感謝しているだけで充分すぎます。
この先お母様の存在に振り回されることなく
どうぞ今のご家族との幸せな生活をお守りください。
貴女は何も悪くありません。
ふー様、コメント誠にありがとうございます。
私の場合は、市役所とか行政とか病院がなにか連絡をいれてくるようなきがしています。その場合は、「看取りません。亡くなったら連絡してください。引き取ります。」という気がしています。
お互いにこれが最善の策という気がします。
2,3回、母と一緒についていった私の祖母から会いたいと連絡がありましたが、拒否しました。私たち夫婦は祖母の面倒も見るつもりだったのですが、母と一緒に行ってしまいましたので・・・
親子ってなんなのでしょうね。でも、これが私たちの宿命なのだという気がしています。
ふーさん、お父様、お母様を大切になさってくださいね。
私は幸いにも、夫の母と親しくさせていただいているので、実の母の分まで親孝行をしています。
ふーさんにたくさんの幸せと喜びが訪れますように。
こういうことにはたぶん、正解などないのだと思います。
私ならこうする、こうしたい、というのがあるだけで。
同じ人間の考えでも環境が違えば変わりますし、時間がたてばまた違うかもしれません。それはそれでいいんだと思います。
いままでの来し方の中でsuhonoさんが「今後一切あわない」という思いになったのは無理からぬことですし、これからもそのままであっても全く差支えないでしょう。ただ、お母さんへの思いに引きずられ過ぎずに楽しく暮らしたほうが建設的な気はします。なにより大事なパートナーもいらっしゃる。お子さんもいらっしゃるのかもしれない。そういう大事な人たちに楽しく笑って過ごしてもらいたいでしょうから、そのために必要な行動を選択していかれればいいのではないでしょうか。私はsuhonoさんよりたぶん冷たい人間なので、お母さんのことは「私にとって笑って暮らしてほしい大事な人」の枠の中から外してしまい、それっきり忘れると思います。家族には嫌な思いをさせたくないので本心は取り繕うかもしれませんが。
まだ気にかけていらっしゃるのは良きにつけ悪しきにつけおかあさんに思いが残っているからでしょう。人間なんですから、それもありですけど、済んだことはもうしょうがない。おかあさんもしたことは消せない。お祖父さんにとってみれば介護の必要な自分を捨てて家を出た娘に何を思われたでしょうね。suhonoさんも大変でしたでしょうが、お祖父さんの心中を思えば何とも言い難いものがありますね。suhonoさんがお看取りをされて本当に良かったと思います。
どうぞ大事な方たちを幸せにしてあげてください。suhonoさんにはそれだけのお力があると思います。そしてお幸せにお過ごしください。その資格は十分おありだと思います。
ななしん様、コメント誠にありがとうございます。
正解などない・・そうかもしれません。
祖父も、もう何も期待していなかったと思います。出て行っても、〇〇(←私の母の名前)のやることだからしょうがない、と思っていたと思います。実際、最後の2か月くらいは入院していたのですが、祖父は母にも、祖母にも親戚にも一切会いたいとは言いませんでした。実際母がお見舞いに来たのは2,3回、祖母は1回きりでした。看取りは私と夫のふたりのみで行いました。
これきり忘れてしまえたら、どんなにかすっきりすることでしょう。でも、どんなことがあっても母は母、私をこの世に届けてくれた人ですから・・
家族、そして私の大切な人たちを幸せにしていきたいと思います。
ななしんさまに、たくさんの幸せと喜びが訪れますように。
ありがとうございました。
あなたが私の友人だったら、不謹慎ながら「4ヶ月で良かったねー!!」と肩を叩いてしまいそうです。(もちろん死後すぐには言わないですけど)
長生きして欲しかった、というのは4ヶ月だから言えるのですよ。
これが4年でもどれほどしんどいことか。
10年もあったらお母さんの引っ越し先に押し掛けての流血沙汰になったと思います。
というのも私は介護士ですが、親が死去、または介護放棄でお孫さんが面倒を、というパターンは結構あります。
むしろ実家に同居してくれて、一緒に介護にかかわってくれる旦那さんがいたなんてすごく幸せなことです。
独身の孫が世話を一手に引き受け、鬱になる、または虐待をしてしまう、なども本当に多いです。
そもそも30代独身で介護に人生を捧げたらその後の人生はハードモードもいいところですからね。再就職もままならないです。
suhonoさんも独身だったらなんとか施設に預け先を探すしかなかったと思いますよ。
もし何かあってお母さんから介護や金銭の要求があったら高らかにざまあみろって言ってやればいいですよ!
そもそも、私なら遺骨すら受け取り拒否しますけどね。
その用意をしてあるということはまだお母さんに愛情があるのですね。
そんなろくでなしのお母さんを恨んでこの先過ごすより、いい旦那さんに恵まれたことを感謝し、旦那さんと仲良く暮らしていっては?
ゆなさま、コメント誠にありがとうございます。
本当ですね。長期介護を想像しただけでもぞっとします。私たち夫婦の人生設計がめちゃくちゃになるところでした。
ゆなさんは介護士さんをされておられるとのこと、尊敬致します。
本当に夫には感謝しています。私には十分すぎる夫だと思っています。
はい、母に愛情を感じているのだと思います。
そして、母から直接私に語りかけて欲しいのです。おそらくその願いはかなうことはないのでしょうが。
夫と巡り合ったことに感謝し、これからふたりで仲良く生きてゆきたいと思います。
ゆなさんに、たくさんの幸せと喜びが訪れますように心から願っております。ありがとうございました。
同じ体験をしている訳ではないですが、許せない親の気持ちはわかります。
私が小5の時に急に母がいなくなり、父が連れ子を二人連れてきた女性を家に泊まらせ出しました。
そして「お父さんは、この人と結婚するからお前は夏休みになったらお母さんの所に行きなさい」
と、言われたのです。
友達も良い人達がいて引っ越すのは嫌でしたが仕方がないので夏休みに引っ越しました。
可愛がってもらった覚えもないのでずっと憎んでいました。
その父が借金を残して自殺しました。
今、思うことは自分の家族を大事にしようと心に決めました。
過去にとらわれそうになったら、他の好きな事とかを考えるようにすると結構うまくいきます。
家を綺麗に保ち、美味しい料理を作ってご主人に喜んでもらうのが
未来的には良いと思いますよ。
頑張ってくださいね。応援してます。
今回は匿名でお願いします様
実体験を話していただき、誠に感謝いたします。
お父様のこと、お悔やみ申し上げます。
匿名さんの体験を伺うと、私などたいしたことない気がして参りました・・
私も、過去の思いにとらわれそうになったら、歌を歌います。「マイウェイ」「アベマリア」「鮎の歌」家の中でも車に乗っていても歌います。中学生のとき合唱部だったもので、大きな声で歌うと気持ちが良いのです。
お家もきれいだと気持ちが良いので、掃除は欠かしません。
お料理も、夫に味が薄いだのなんだのかんだの言われながら、結構作っています。ふたりで幸せに過ごそうと思います。
今回は匿名でお願いしますさまが、幸せな時をたくさん過ごされますようにお祈りしております。
suhonoさん、はじめまして。
もう〆てしまってご覧頂けないかもしれないですが、気持だけでも届けば・・・とコメントさせていただきます。
前回のご相談から拝見していて、suhonoさんの心が血を流して、泣き叫んでいるのを感じました。
似た様な境遇の方の話を聞いて、「そうか、私別にこれでいいんだ。」とその時は思っても、また「でも私は・・・」の繰り返しじゃないかと思います。自分で自分を罰してるような。
受け売りですが、以前youtubeで視聴してなるほどと腑に落ちた言葉を
「◎◎さんが、許せないんです。って言う人いるけど、それでいいよ〜。
だったら、◎◎さんを許せない自分を許します、って言いな。楽になるよ。」
**********
自分はあのとき出来る最善のことをした。今は、よくやった自分をほめてあげて、あの人たちを許せない自分を許そう。 と出来ることなら少し思考の向きを変えてみて下さいね。
セプテンバー様、お気持ち確かに届きました。ありがとうございます。
そうですよね、許せない自分を許してあげようと思います。
そこでなにかひとつ腑に落ちてゆくものを感じました。
ありがとうございます。
セプテンバー様に、たくさんの幸せと喜びがおとずれますように。
一人娘ですよね?
おばあさまやお母様の介護の必要が生まれた時、相談者様が介護放棄をすることはできないはずです。
私としては、「母本人」から申し出があれば、受け入れるつもりです。でも、たぶんそれはおそらくないでしょう。
電話も、母がいつかけてきてもいいように番号を変えていません。
だれかを介して申し出たら断固拒否します。
「介護」の放棄が出来ないっていうのは、間違いでしょう
現在、生計を共にしていませんし、もし今現在、実母さんに介護の必要が生じた場合、介護義務があるのは実母の現夫さんです。
別居中の身内と同居して二十四時間面倒を見ることは、誰にも強制されることではありません。
経済的に無理だったり、遠方だったりする人も多いのですから。
『放棄は無理では?』さんの価値観では、実親の介護は子供と思っているかもしれませんが、それをsuhonoさんに押し付けて、罪悪感をあおるやり方はやめましょうよ
kanae様、まことに感謝いたします。
母は、おそらく新しい夫側の方々に看取られるような気がしています。夫さんのお子さんに迷惑をかけて。私への思いを口にしながら、「あの子はあんな子じゃなかった・・」と言いながら・・おそらく、新しい夫さんのお子さんが連絡を入れてくるでしょう。そうしたなら、断固拒絶です。
親身になっていただきありがとうございました。
ほんの少し罪悪感を感じました・・
kanaeさんにたくさんの幸せとよろこびが訪れますように。
ありがとうございました。
実際、そんな人間だったから離婚したのでしょうね・・・。
正直言って、そんな人と一緒に居たいとは男性陣も思わないでしょう。
だから多分、新しい人とも離婚していると思いますが・・。
生みの親より育ての親と言いますが、あなたの場合は祖父母がそこに当てはまるのかなと思います。
ところで、そんな状況で一緒に祖父母に家についてきてくれて、良かったですね!多くの場合はそこで別居という場合だってあると思います。
お母さんのことは残念ですが、親とはいえ、尊敬も何もできない人間だって多い昨今ですから、今のまま縁を切ってしまってよいと思います。
私だったら、お墓も何も考えませんし、存在しない物として考えますが、そこはさすがに偉いなーと思いました。
koma様、まさしく私もそう思います。
母はきっと自分自身しか愛せないのだと思います。
新しい方とは・・・どうなのでしょうね・・・
そうなのですよ。実際に私を育ててくれたのは祖父母かと。風邪をひいて徹夜で看病してくれたのは祖母でした。祖父とは一緒に登山やスキーをしました。母とは・・母が、私にカラオケへ行こうと誘ってきたことがありました。私カラオケ好きじゃない・・って言ったら、あんたは堅苦しい、もっと一緒に遊んでくれる娘が欲しかったと言われました。
言われた当時はすごく悲しい思いをしました。私ではだめなのかと。
おそらく母は、私のことを愛していないのでしょう。好きでもないと。
本人は「愛してる」と口では言うでしょうが、それは母の自己愛でしかないのです。
象徴的なこととして、誕生日に贈ってきた洋服がまったくサイズがあわなかったことがあります。おそらく店頭でマネキンが着ていて、私に合うと思って購入したのでしょうが、サイズが全く合わないものでした。
母は、実在の「私」を見ているのではなく、母の頭の中にある「娘」を見ているにすぎないのです・・・
私は母から愛されていなかった。そのことが、今回のことを通していろいろ考えているうちにはっきりとわかりました。私はそれを認めます。確実に。
存在を消してしまえたら、どんなにかすっきりすることでしょう。
でも、どうもそれは私には無理そうです。私は母のことが好きだからです。せめて、心の片隅に置いておいて、母が嫁ぎ先で幸せにやっていることを夢想することにいたします。
komaさま、お父様、お母様を大事になさってくださいね。
私は、今私の大切な人たちを大事にしてこれから生きてゆこうと思います。
komaさまに、たくさんの幸せと喜びがおとずれますように願っております。ありがとうございました。
どんな言葉をかけたらいいのか、凄く悩みまして
ずいぶん時間がかかってしまいました。
私もsuhono様と似た状況で育ちました。
自分しか愛せない母を反面教師として、
失敗のない人生を歩こう!と、頑張りました。
悲しい人生はイヤ!って…
私を選んでくれた主人と二人の間にできた子供たちを
大事にしてきました。今のところ幸せです。
でも、ふと、思うのです。
母に愛されたかった…
たくさんの彼氏達より、姉と私を選んで欲しかった。
諦めたら、自分が楽になるのはわかっているんですけど、
心の奥底に諦め切れないぐずぐずした気持ちがあるんです。
私は今四十代ですが、きっと死ぬまで母を恋しがると思います。
(母は車で5分の距離に住んでいます)
しょっちゅう会いますけど、私の願いはかないません。
なんせ自分しか愛せない母なのですから。
なんのアドバイスにもならないけど、
こんな人もいるんだ、ぐらいにはなったかな…
のんこさま
メッセージありがとうございます。
お辛い中、今まで頑張ってこられたのですね。
ありがとう、と抱きしめて差し上げたいです。私は、もの心ついた時から、子どもは産まない、持たないと決めていました。私の家系は私で終わらせたいとの思いからです。子どもにはつらい思いをさせたくない・・。
お母さまとしょっちゅう会われていらっしゃるとのこと、なんだかうらやましいです・・大切にして差し上げてくださいね。いつかのんこさまの思いが通じることを願っています。
私の母は今頃どうしていることでしょう・・。
母から連絡すらないのですから・・。私はひたすら待ち続けますが。
これが私たち母娘の宿命なのでしょう。
のんこさま、親身になっていただき、ありがとうございました。
のんこさま、ご主人様、お子さんたち、そしてお母さま、みなさまが喜びと幸せに包まれることを心から願っています。