父の最期に、出来るかぎりのことをしてあげたい…。

たらpさんからのご相談

いつも楽しく拝見させていただいてます。

とても重い内容で申し訳ないのですが・・・
できるだけたくさんのみなさんのご意見を頂戴したく
ご相談させていただきました。

実家の67歳の父なのですが、去年より体調が悪く、今年に入ってから入院しました。
がんです。しかも進行がんであっという間にステージ4という
末期がんになってしまいました。
本人も長くはないことは知っています。
でも最近、お医者さんからは家族だけで呼ばれ、余命は最悪あと1週間なので覚悟してください、と言われてしまいました。

父は起き上がったりすることもでき、もちろんまだ普通に意識もあり、食事もしている状態で、自分はあと5年かな・・・なんて言ったりして、まさか1週間だとは思ってもいません。
母とも話しましたが、とても本人には本当のことは言えなくて・・・
でもこれで本当にいいのか、考えてしまいます。
誰でも、それが自分だったら、ものすごいショックで理解するのにも時間がかかることだと思います。
でも本人にとって、やり残したことがあるならば、少しでも早めに言ったほうがいいのか、とにかく時間がないので
毎日病院に行って、とりとめのない会話をする
くらいしかできなくて。
こちらも何かしてあげられることはないのか、
考えてもこの頭ではわからなくて・・・。

もちろん正解なんてないとは思いますが、できる限りの
ことはしてあげたいので、
みなさんのお考えをお聞かせくださると助かります。


まだ意識がしっかりされているなら
たくさんの方にお会いできる機会ができるといいですね。

お父様の半生のひとつひとつに耳を傾けて
驚いたり笑ったりしながら、ゆっくりと濃密な時間が送られますように。
家族で一緒に過ごせる時間が少しでも長く続くようお祈りしています。
※先週末にいただいたメールですが、内容が緊急を用することと判断し先にアップさせていただきました。


カテゴリー: 実父母


父の最期に、出来るかぎりのことをしてあげたい…。 への36件のコメント

  1. あみた より:

    たらpさん、お父様がご病気で、ご本人もご家族もつらい思いをされていらっしゃるでしょうね。心からお見舞い申し上げます。

    私事ですが、中学の頃に父をガンでなくし、2年前に義母をやはりガンでなくしました。
    2度の辛い別れを経た1人として言わせていただけるなら・・・

    すべきことは、「看取る側に後悔のないように」することではないかと思います。

    お父様に、お医者様のお話を伝えるべきか否かは、お父様の性格にもよりますよね。
    短い期間で受け入れ、自分の人生を振り返る時間を持ちたいと思える方なのか
    残された短い時間を絶望で過ごされるだろう方なのか。
    これは、長年連れ添ったお母様がご判断されるべきかと。

    「とても言えない」
    これもよくわかります。
    お伝えするご家族は、ご本人に劣らずすごくつらいと思います。
    辛いことですが
    亡くなった後、伝えること、伝えないこと。どちらがお母様に後悔がないか。
    を考えてみてください。
    残される側のエゴかもしれませんが
    今たらpさんが考えるべきは、お父様の後悔ではなく、お母様の後悔ではないでしょうか。
    大切な人を失った後、誰もが何かしらの後悔を抱えます。
    もっとこうすればよかった。
    もっとこうできたんじゃないか。。。
    そしてその後悔がゼロになることはありません。
    だからこそ、少しでも後悔のない時間を、と願わずにはいられません。

    毎日顔を見せ、他愛のない会話をする。
    素晴らしいと思います。
    その時間が少しでも長く続きますように。
    そしてその時間が、いつまでも大切な思い出となりますように。

  2. このみ より:

    ご自分ではあと5年かな、と思っているお父様に
    「違うよ。あと一週間だよ」 と言えますか。

    お医者様が言われた「覚悟してください」という言葉は
    ご家族に対してではないのですか?
    どうしてお父様まで巻き込んで一緒に覚悟させようかと悩むのか、意味がわかりません。

    >それが自分だったら、ものすごいショックで理解するのにも時間がかかる

    この言葉で答えは出ていると思います。

    • こひめ。 より:

      このみさんのコメントはちょっと冷たすぎませんか・・・。

      たらpさんの切羽詰まった気持ちを考えるとそんなコメントできないと思うのですが・・・。

      自分の親がもしも・・・と考えながら読ませていただいていたので、なんだかとても心が痛みました。

      • このみ より:

        私にどうして欲しいんでしょうか。
        自分の父を末期がんで亡くした時に、数週間の期限の中で悩みに悩んだ経験を元に書き込ませていただきました。
        気に入らないなら無視してください。
        相談主さんに責められたのなら謝りますが訂正はしません。
        あなたに言われても、私の心は一ミリも動きません。

  3. みっち より:

    まずは,お見舞い申し上げます。
    相談者様及び御家族の皆様の心中を考えると,なんとお声がけしたらよいのか…何も出来ませんが,少しでも相談者様の心が軽くなればと思います。

    お医者様の言葉は,看取る御家族向けの言葉ですよね。そうすると,奥さんという立場のお母様もですが,お子さんである相談者様が心残りのないような過ごし方をする目的でお医者様は告知(?)されたんだと思います。
    まず,お父様にお伝えするか否か。伝えるにしてもまんま全部を伝える必要はないと思います。そう,期間の話。はっきり一週間とお伝えすると受け止めるまでの過程で言い方が悪くてごめんなさい。無駄な時間を使ってしまうことになります。その時間は相談者様一家で使う貴重な時間にしたいと,自分だったら思いますので,私だったらまず『期間』は伝えません。
    今はまだ移動したりも可能なのでしたら,もしかしたらやりたいこと・会いたい人がいるかもしれないということを考えてみました。
    自分が生まれ育った場所をもう一度見たいとか,親兄弟に会いたいとか。
    そういう『どこかに行く』が本人の望みであれば,移動できる手段があるうちに叶えてあげられることがあるかもしれません。

    まずは,少なくとも病気で数年かもしれないという事実をお父様なりに御存知ならば,「どこか行ってみたいところある?例えば実家とか」って感じで聞いてみたらどうでしょうか。
    もし移動がかなわないまでも,生まれ育った場所の写真だけでも見せてあげられるかもしれないですし…
    あとは,もし病室でということでしたら,やはり『もっと話がしたかった』ということになると思いますので,相談者様の一家のアルバムを見ながら,このときはこうだった,ああだったとお父様視点からの話を聞いてみるとかはどうでしょうか。
    御結婚時の写真を見ながら思い出話を聞いてみるとか,入学式の写真とか。

    お母様・相談者様の思い残すことが少しでも減ればいいなと思います。
    どうか,少しでも長くお父様との時間を持てますように。

  4. るおりん より:

    おつらいですね・・・お気持ちお察しいたします。

    1週間ではあまりに時間がなさ過ぎると思うのです。
    現在、あと5年くらい・・・と思われているお父様に1週間と宣告するのは
    残酷なことだと思います。
    ご家族にとっては心苦しいかとは思いますが、一番苦しいのはお父様だと思います。
    穏やかに希望をもったままお父様に最期を迎えていただいたほうが
    いいのではと思います。

    このみさんのおっしゃるとおり、お父様にまで覚悟を決めさせる必要は
    ないのではなかと思います。

  5. manamin より:

    昔のアルバムを持って行って懐かしい話をしたり
    思い出話で盛り上がったり
    好きな香り(長期に入院していた父が、コーヒーを病室でひいてドリップして入れてあげたら、病室中にひろがったその香りをとても喜んでいました。もちろん飲むときはお湯で薄めて胃に負担のないように飲みました)を楽しんだり、枕にポプリを入れたり、孫の写真や絵を飾ったり、楽しい雰囲気にしてさしあげてください
    死は再生の始まりです
    悲劇ではありません
    だからといってわざわざ死を口にすることもありません

    そのときがきたら
    「いってらっしゃい。またね」と送り出してあげてください

    コーヒーの香り、ポプリの香り、新鮮なフルーツの香り
    とにかく香りをたやさないでください
    幸せな気分になれます

    お父様、こんなに御家族に思われておしあわせです
    よくよくわかっていらっしゃいますよ
    おとうさまのほうがきっと心配かけるまいと5年とおっしゃってくださっているのかもしれません
    素敵なお父様ですね
    なにげない優しい時間をお過ごしください

    • manamin より:

      アルバムもっていったりするときのひとこと。

      「退屈してるだろうから持って来た!」と
      他に週刊誌などと一緒に持って行ってあげると
      わざとらしくないかも

      入院していた叔父は溺愛していた孫の写真をフォトフレームに入れてもっていったとき、ものすごく喜んでくれていました
      愛するものに囲まれた幸せな病室にしてください

  6. えみこ より:

    かなり親しくしていた叔母が末期がんだった時と、告知の状況が一緒です。
    家族や親戚は余命わずかであることを知っており、叔母自身はがんであることさえ知らず、
    そのうち治って退院するつもりでいたようです。

    叔母は全身転移の痛みと筋力低下で自力で起き上がることはできませんでしたが、
    介助して車椅子には座れている状態でした。
    車でドライブすることを許可されたので、自宅の近くまで行ったところ、
    「ちょっとだけでいいから家に入りたい」と叔母が言いました。
    しかし家族は家に入れてしまったらもう病院に戻らないと言い出すのではないかと
    心配になり
    「(外出許可の時間が決められていて)もう帰る時間だからダメだよ」
    と言って家に入れませんでした。
    その数日後に息を引き取ったのですが、今でも私の母(叔母の姉)は
    あの時家に入れてあげなかったことを悔いています。

    体力があって外出許可が下りるようでしたら、好きなところに行ったり、
    少しだけ自宅で家族と過ごしたりも良いかもしれません。
    あくまで体力があり、外出許可が出て、ちゃんと病院に戻って来れる場合ですが。

    私もお父様に死の覚悟をさせる(余命を伝える)必要はないと思いますが、
    何かしたいことはあるか、行きたいところはあるかなどを、
    それとなく聞いてみて実現させてあげるのは良いと思います。

  7. おやぴん より:

    とてもお辛いですね。お気持ち痛いほどわかります。
    私の母は、その時初めて聞いた名前の病気で亡くなりました。
    何かしてあげたいと思いつつ、何も出来ずに入院して10日ほどで亡くなってしまったのです。
    もっと早く、亡くなることがわかっていたら何かしてあげられたのに。。。と思うことも、わかっていたとしても何もできなかったかもしてないと思うこともあります。
    私が母と最後に会話をしたのは電話でした。その深夜に急変して意識不明になったからです。これは一番の後悔になりました。
    明日行くからいいかと病院へいかなかったので、なぜ、あの時直接会わなかったのだろうと。。。電話で済ませてしまった自分に後悔をしました。
    おいしいご飯を食べさせてあげたかったり、桜をみせてあげたかったり。。。

    たらpさん家族で会話したり、お父様の好きなご飯、好きな景色を見せてあげるなど。
    小さなことですが、一番させてあげたかったのはそんなことです。

    お父様が残された日々を心穏やかに過ごされることを祈っています。

  8. よっしー より:

    相談者様、お見舞い申し上げます。お辛いですね。心中お察しいたします。
    私も自分に置き換えて考えてみました。
    もし、自分の父が余命一週間だとしたら…。
    私は告げないと思います。
    不謹慎ですが、余命半年、せめて三カ月と医師から言われれば状況が違うかもしれません。でも一週間は余りにも短く酷すぎると思ったからです。
    父には泣くことも嘆く時間も、さほど与えられない。
    一週間という短い時間で自分の残りの命と、これから家族の事を考えていかなくてはいけない。
    そんな父の苦しみ・悲しみを思うと、告げる事で父を追い詰めたくない。
    人間そこまで強くなくていいよ、と思ってしまいます。
    これは私の個人的考えです。

    他の方がおっしゃるように、今まで通り普段通り、家族の会話・ふれあいを大事に穏やかに過ごしたいと思います。
    急に頻繁に身内の方が訪ねてきたり、いきなり昔の思い出の場所の話をすると、お父様も察する心配があります。ごく自然に行えれば一番なのですが。
    色々してあげたいけど、できるだけ普段と変わらない状況が良いのか…悩みますね。アドバイスにならず、すみません。

    相談者様もご家族も「あの時もっとしてあげれば良かった」「もっとこうしてあげたかった」と責めないで下さい。
    家族は後悔の念から「もっと、もっと」と思ってしまいますよね。
    でも相談者様はお父様の事を思い、今できる精一杯の事を考え、してらっしゃると思います。そのことを責めないで下さいね。
    お父様も家族がそういう思いでいる方が、悲しまれるかと。
    優しい相談者様、お父様も優しい素敵な方なんでしょうね。
    ご家族が穏やかに過ごせますよう、お祈り致します。

  9. てこ より:

    心よりお見舞い申し上げます。
    私の父も末期ガンで3年前に亡くなりました。60歳でした。

    父は自分の余命も常に知っていて、最後の入院の時は直接は誰からも聞いてないけど、家族は医者から「いつ、息を引き取ってもおかしくない」と言われてたし、父も大体は理解していたと思います。
    でも、亡くなるその日まで意識はしっかりしていて、言葉は殆ど喋れなくなってたけど亡くなるなんて思わないような状態でした。
    父の状態だと、意識不明のまま数か月を過ごして亡くなる方が多い中、珍しい状態だったと医者に言われましたので、参考にならないと思いますが…。

    多分、どれだけ精一杯やっても後悔します。
    だから、同じ後悔するなら、後悔の少ないように。笑顔で楽しい時間を過ごすように努力しました。

    入院中はあまり大した事が出来なかったので、常に笑顔で居る事だけは忘れないように、父が不快にならないように父の様子を見ながらお見舞いを周りにお願いしたり、お断りしたり…。(余りに懐かしい人が大挙すると、疲れるし、死への不安で具合が悪くなったりしたので。)

    ストレスが一番良くないそうなので、覚悟はご家族の心の中に。お父様には「楽しい事を沢山して、笑顔の多い時間を過ごして病気を追い出そうよ!」と提案して、お父様に楽しい時間と思い出を作ったらいかがでしょうか?

    ステージ4だと、病棟も同じステージの方のフロアですよね。
    父は最初の頃、既に起き上がれずに入院してる方達を見て「自分が死んでいくと解っているのに生きているのは、発狂しそうに怖いだろうな」と呟いてたそうです。
    自分が死んだ後の家族の事、父は色々と心配していました。
    生きる気持ちと、死ぬのかもしれないと言う恐怖にお父様も苦しんでいると思います。
    でも、余命3ヶ月と言われた父もそこから更に半年、頑張れました。
    余命は病状に対して医師が見積もった時間なだけであって、確定ではありません。
    御家族もお父様が最低5年は頑張って貰うつもりで、今はその為の集中治療中と思って、笑顔の多い時間を過ごして下さい。
    私は3年たった今、細かな後悔で涙が出て来ます。
    たらPさんがそんな思いをしないように、いつも通りの温かい笑顔の日々を大切に、大切な時間が少しでも長く続きますように、心からお祈りしています。

  10. nana より:

    昨年の10月、父をガンで亡くしました。早朝に急変して、夕方には亡くなりました。急激に悪くなったため、結局最期には間に合いませんでした。その事は、今も後悔しています。最後にもう1回だけ、話をしたかった、ありがとうって言いたかった、手を握りたかった、散歩をしたかった・・・。言いだしたらキリがないくらい、後悔して悔みました。御本人に余命のお話はなさらずに、「毎日病院に行って、取りとめのない話をする」、それで十分だと思います。私の父もその日に亡くなるなんて、本人も思ってなかったと思います。(最後まで意識があったようで、落ち着いたら散歩に行きたいって言っていたようです)なるべくなるべくおそばにいてあげたら良いと思います。

  11. ひろ より:

    たらPさん、お気持ち心よりお察し申し上げます。
    似た様な境遇で、驚いています。

    私の父は66歳。1月の頭に医師から余命1ヶ月程、と伝えられました。
    ステージ4、末期の肺がん、大腿骨転移を告知されたのが去年の5月。
    手術は手遅れで、抗がん剤と放射線治療をして来ました。
    今年の1月に頭から頸骨にかけての激痛で病院へ運ばれ、頸骨にも転移発覚、
    その時点で余命1ヶ月と言われたのです。

    私は結婚してアメリカに住んでいるので、単身3週間、父の元へ帰りました。
    滞在中は、昔一緒に行った旅行のアルバムを持って行き、他愛ない話をしたり、
    笑い、泣き、気分の良い時は挟み将棋をし、病院で一緒に食事をして
    かけがえのない時間を過ごしました。

    妹がアロマセラピーのオイル加湿器を持って行くと、良い香だと喜んでいました。
    コーヒーも持って行き、煎れてあげました。
    孫達の写真や画を病室の戸棚に貼ってみたり、食べれるもので食べたいと言う物は
    持って行っていました。

    私達家族は、父が家に帰りたがっている事も知っていましたし、医師からも
    放射線治療の予後が良かったので帰られるなら今だ、と言われ、
    私の滞在中に帰宅しました。

    体調が悪い時は、起き上がれない事もありますが、良い時は沢山の友人や兄妹が
    会いに来てくれ、父も好きな事をし、穏やかに過ごせています。

    父は治す気一杯だったのですが、1月に倒れてからはもう先がそれ程長くない事を
    覚悟した様で(余命の告知はしていませんが)、母や私達娘夫婦、
    孫、兄妹、友人に向けてお礼とお別れのメールを携帯に綴ってあるので
    もしも自分に何か有った時には、携帯を見て欲しいと告げられました。

    そんな父も余命宣告から4ヶ月経った今も意識がハッキリしていて、
    起き上がる事も出来る状態で、好きな事をして過ごせています。
    今でも、全て悪い夢だったのではないか?と思ったりもします。

    余命告知は本当に迷いますが、告知せずとも、何が1番したい?
    何が食べたい?どこへ行きたい?(可能な事は)尋ね、叶えさせてあげる事は
    出来ると思います。

    薬の副作用で体中浮腫み、足も辛そうだったので、滞在中は出来るだけ
    マッサージをしてあげました。保湿クリームを使うとツルツルと伸びが良く
    マッサージもし易いんですよ。

    自分の身体は本人が1番分かっていると思うので、もう無理かな、、、とかは
    感じていると思いますが、告知されればやはりショックは受けるはずです。

    私は、父の誕生日や、父の日、父母の結婚記念日、つい先日の私の誕生日などの
    記念日にかこつけては、『お父さんが私のお父さんで私も夫も、子供達も本当に
    幸せです。愛してるよ。』とか、『また生まれ変わっても、お父さんの子供に
    なりたい。いつもありがとう。』とか、『大事に育ててくれてありがとう。』とか
    クサイ台詞を沢山、言っています(^^;
    伝えたい事は自分が後悔しない様に、目一杯伝えています。

    2月からアメリカへ戻ったので、傍に居れない事が辛くてたまりませんが、
    インターネットのお陰で、スカイプを使ってテレビ電話をフル活用しています。
    それでも毎日は離せない現実ですが。。。

    たらPさんはいつでも会える状況なのでしょうか?
    そうであるなら、出来るだけ時間を作って少しでも一緒に過ごされる事を
    お勧めします。

    お父様も、出来るだけ痛みなく、苦しまず、少しでも長く、ご家族と共に
    穏やかな時間を過ごされます様、心よりお祈りしています。

    manaminさんが仰られていた様に、その時は私も
    『いってらっしゃい。また会おうね』と言いたいです。

  12. ひろ より:

    メッセージ送信後、長文に自分でもビックリしました。。。
    長々と申し訳ありませんでした。

  13. ゆきえ より:

    こんにちは。今とても辛いですね。
    お気持ちとてもわかります。私も父を去年の12月に末期癌で亡くしました。
    65歳でした。6月に癌を発見した時には既に4期の末期で,原発の肺から脳,リンパ,筋肉と色んなところに転移していました。それでも父は,全ての説明を聞いた後も癌を治すと力強く思っていました。そして少なくとも自分の余命は5年くらいはあると思っていました。しかし,お医者様から私達には,父の余命は短くて一月,抗がん剤が効いたとして数ヶ月単位で延びる可能性はあるが,年単位は難しいとのことでした。
    私達は,父に余命を告げるかどうか,悩みそして告げない選択をしました。
    父は自分の全ての症状をしり,それでも癌と戦うつもりでいるのに,その気持ちを潰したくなかったのです。

    でも,その選択が本当に父にとってよかったのかどうか,父を亡くした今ものすごく後悔しています。

    自分の人生が本当に残り少ないとわかっていたら,本当は会いたい人がいたのではなかったのか。家族や親しい人に残したいメッセージがあったのではないか。最後の自分の人生の片付けをしたくはなかったか。 本当に話したいことを話すことができなかったのではないか。

    私は父の最期を看取るときに,初めて父の前で泣きました。
    それまでは,どんなに父の前で泣きたい時でも,必死で泣かないように努めました。
    でも,一番泣きたかったのは父だったと思うのです。
    父も心のどこかで自分の余命が短い事を悟った瞬間があると思います。
    でも,それを私達にいえなかったと思うのです。父は優しいから。

    もしPさんがお父様に余命が1週間かもしれないことを伝えたら,お父様はとても辛いと思います。でも,本当に大事な時をお父さんは過ごすことができると信じています。
    どうぞ,どうぞお父様との最後の時間,大切に過ごされてください。

  14. yoko より:

    初めまして。。。
    かなしいですね。
    私の父も3年前にくも膜下で突然倒れ
    意識もあり、会話も出来ているのに
    あと数時間。。。と言われました。

    しかし、2週間はそのままの状態で
    その後また血管が破裂して1週間脳死状態でした。

    もうこうなってしまったのは、仕方がないと思い
    なるべく傍にいてあげるしかできませんでした。
    母のフォローもしっかりとして
    意識があるときもないときもできるだけ傍にいました。

    本人は、まさか死ぬと思ってなかったと思います。
    でも、そうやって寄り添うことで
    父は、家族にみとられて静かに旅立ちましたし
    私も母も父の死を受け入れらレたと思います。

    傍にいてあげるしかできない。。。と思いましたが
    傍にずっといれて良かったとも思ってます。

  15. weiwen より:

    こんにちわ、たらPさん。今ものすごい精神状態でしょうね。お察しします。
    私の父も信じられない進行ガンで、検査入院から12日で67歳で亡くなりました。ずっと病院で付き添っていても、家に帰ると涙が止まりませんでした。
    隠しながら看護しているご家族の人たちの辛い気持ちも分かりますが、今のお父さんにとって「まだしばらく生きられる」というのが希望なのです。「希望」これはとても大事ですよ。本当のことを告げることは「希望を奪う」ことです。最後までお父さんに「希望」を与え続けて下さい。そしてたくさんたくさん、話を聞かせてあげて下さい。小さい頃の思い出でもいいし、今自分の周りで起こっているくだらない話でもいい。お父さんに、いつもの日常を病院でも過ごさせてあげてほしいと思います。そうやって話ができるのもあとわずかです。最後は昏睡状態で、話もできませんから・・。たらPさんの後悔が少しでも少ないことをお祈りしています。心を強く持って、頑張ってください。

  16. みこと より:

    心より御見舞申し上げます。
    私の場合は、義母が数年前に血液のがん(悪性リンパ腫)を発症しました。
    相談者様の境遇とは少し違うので申し訳ないのですが、闘病中に家族が心がけた事は、義母が「愛されている・必要とされている」と感じてもらえるように、伝えるようにした事です。
    言葉で伝えなくても、多くの方がご提案されているように、思い出話をしたり、好きな食べ物を食べたり、懐かしい方に会ったりと、穏やかな優しい時間を過ごされるだけでも、お父様がどれだけご家族やご友人、周りの方々から愛されているか、きっと伝わると思います。
    ご家族の方は、「あれもさせてあげたかった・・・」と後悔されるかも知れませんが、旅立たれる方には、愛されている実感こそ、一番の贈り物ではないかなと思います。
    余命宣告を受けて、ご家族の方はとても動揺されていると思いますが、まずは気持ちを落ち着けて、お父様と穏やかな時間を過ごされるよう願っております。
    ご家族で過ごす優しい時間が一日でも長く続きますように。

  17. noko より:

    たらpさん
    心からお見舞い申し上げます。
    私はまだ親を見送ったことがありませんので、何もアドバイスできないのですが・・・
    何か一言声をおかけしたい気持ちでいっぱいになってしまいレスしました。
    きっと何をして差し上げても、ご家族は悔いが残るものだと思います。
    でもこんなに良いお嬢さんがいらっしゃるのだからお父さんもお母さんもきっとお幸せです。
    可愛い娘が会いに来て優しい時間を過ごすことが親としては一番うれしいことだと思います。
    家族の静かな温かい時間を過ごしてください。
    特別なことをしなくても、娘さんと思い出を語りながら笑ってすごされることが一番な気がします。
    ぬくもりが伝わるハンドマッサージをしてあげるのも喜ばれるかもしれないですね。
    そんな一日一日が少しでも長く続きますよう祈っています。

  18. つんきちママ より:

    自分がその立場にたってないので 偉そうなことは言えませんが、、、
    自分の親だったら 1週間やったら告知はしないです。
    せめて3カ月やったら 何かしてあげたり本人も受け止める時間もあるかもですが
    1週間なら告知しません。
    動けるなら 行きたいところは?と聞き 連れていきたいです。
    食べたいものはと聞き 食べさせてやりたいです。
    見たいもの 会いたい人 出来る限りの事をしてあげたい。
    本人は気がつくかもしれないし 自己満足になっちゃうかもしれませんが・・・
    やはり精一杯 してあげること させてもらう事が後に残る家族にとっても思い出になり
    悔いが残らないのではないでしょうか、、、

  19. モコ より:

    家族との、取り留めの無い会話。。
    これに勝るものはないと思いますよ?
    「残り数日、、」などと言うのはとても言えるセリフではないですよね。
    義母をガンで看取りましたが、早いうちに会話ができなくなり、とても悲しい状況でした。
    お父様、まだ意識も会話もきちんとしていらっしゃるようですし、病名も理解していらっしゃる。
    「今のうちにやっておきたい」ことがあれば、お父様、お話されているのでは?
    本当に、「覚悟」というものは、残された者のためのものなんですよね・・・
    家族にできることは、自分の気持ちよりも、できるだけ穏やかな旅立ちであるよう祈ることだけです。
    できる限り、手をにぎり、笑顔を見せて、楽しい会話をしてあげてください。
    医者が驚くくらい、お父様との時間が続きますよう祈ってます。

  20. まこりん より:

    初めまして。
    こういうコメントは初めて差し上げます。
    私も1ヶ月前に最愛の母を亡くしました。
    母も最初は自分がこの入院で亡くなるとは思っていなかった様子でした。
    それは家族にとっても同じでした、介護保険の申請や退院後のケアなど計画を建てていましたもの。
    でも家族も母も近いうちに確実に来る死と向き合わねばならないことはわかっていました。(がんの末期でしたし母自身も知っていましたから・・・)
    家族みんなにとって最愛の母。
    後悔しないように、言い残したことのないように。
    私たちはただそれだけ考えて付き添っていました。
    私は他家に嫁いでいましたが、家族の理解のもと約2ヶ月間母に付き添わせてもらいました。
    最期の時までそばにいさせてもらった幸せを感じつつも、やはりああすれば良かったとか、いろいろな後悔の念が押し寄せています。
    今考えてみたら、母は、自分がもう長くないことは知っていたのでしょう。
    後から思い当たる節はいろいろあるし、奇跡的なこともいろいろありましたから。
    今、もし、母が生きていて、余命1週間だったら
    ・・・
    とにかくずっとそばにいます。
    寝る暇も惜しんでそばにいます。
    そしていっぱい話しかけます。
    意識はなくても話します。
    そして手を握ったり、足をさすったりします。
    今、私が一番したいことです。

  21. sumire より:

    まず、冷たいようですが、人間誰でもいつかは死にます。
    早いか遅いかです。今回の震災を見れば本当にそうでしょう?
    一つ目に医師の宣言する「余命」はあてになりません。
    二つ目は最後まで本人自身が死ぬことを受け入れてはいないものです。
    三つ目、重病人と思わずに、できるかぎり本人らしい普通の日常を過すことだと思います。

    昨年末父をなくしました。
    哀しいときは泣く、苦しいときは苦しむ。
    泣いても泣ききれない想いもあると思いますけども。

  22. snow white より:

    とても、とてもお辛いですね。

    私の母も余命3カ月と言われ、2カ月で亡くなってしまいました。

    かなか病院に行けなかったことと、発見が遅かったため、本人には『検査入院』と、言い入院し、入院してから私は父から末期の肺癌と知らされました。

    入院の前の日、なにも知らない私は母に『しばらくどもにも行けないからどこか行きたいところは?』と、聞いたら、『お父さんの今日の夕飯を買いに行きたい。辛いので、遠くまで行きたくない』と言い、近くのスーパーに買い物に行きました。

    なぜもっと早く私に知らせてくれなかったのか、少しだけ父を怨みましたが、母に悟られないためだったのかもしれません。辛い事をすべて1人で背負ってくれていました。

    病状を知ってから私は下の息子を4年保育の幼稚園に入れ、幼稚園に送り出し帰ってくるまで毎日母の病院へ行きました。

    もっといろんな所へ行きたかった。
    いろんな話をしたかった。
    年が明けて上の息子の小学校の入学式までは生きててほしい。

    でも、末期の肺癌だったので、入院した次の日あたりから酸素マスクをつけ、話すのも息をするのも苦しそう。
    私の足音さえも響くので静かに歩いてほしいと言いました。

    あまりの辛さに母も気付いていたかもしれません。
    でも、母も家族もお見舞いにきてくださる方もそれを口に出しません。

    車に乗れないお友達が自転車に乗ってわざわざお見舞いにきてくださった時、母は申し訳なさそうにしていましたが、母の為に2人で自転車に乗って「ああでもない。こうでもない」って、道のりも楽しかったかもね。いいお友達だね。と、言うととても嬉しそうにしていました。

    ご病気の事をご存じであるならば、
    余命の話はしないで、
    『毎日を大切にしたいから、どんどんやりたいことやろうよ。そしたら病気がよくなるかもよ。』って、毎日を過ごしてはどうでしょうか。

    夜、お父様が1人になった時に、
    『あと、○○日』なんて、思いはさせたくないような気がします。
    『今日も楽しかった。明日は何をしよう。』と、楽しい気持ちで1日の眠りについてほしいです。

    余命が1週間であろうが、5年であろうが、どんなにたくさんの希望をかなえてあげても残された者は『あれもこれもしてあげたかった』って、思いますよ。

    たらpさんのやってあげたい事はお父様の体の事を考えつつ全部やって差し上げてください。

  23. たらp(相談者) より:

    相談者のたらpです。

    皆様からのあたたかいコメント、励まし、本当にありがとうございます。
    どのお言葉も本当に胸にしみるものばかりで、
    アイデアは、ぜひ実行させていただきます。

    今日の父はとても調子が悪く、ほぼ寝たきり状態になってしまいました。
    話をするのもつらそうで、何もできない状態の父には
    残りの時間を大事に過ごすなんてこともできなくなってしまいました。

    ですが自分で会社をつくり、いまだ現役の父なので
    会社こととなると、震える手で携帯をもちながら
    出ない声をふりしぼって話しをしています。

    何がしたい、どこへ行きたいではなく、会社で仕事が
    したいそうです・・・

    ほとんど家にいない父でしたので、今こうやって家族が集まり毎日話しをすることで
    いままでの家族としての時間を少しとりもどしているような気がします。

    みなさまにこうやって話しをしている(?)だけで
    私が救われています。
    そして嫁日々のスタッフのみなさま、事情を察して先にアップしてくださり
    本当に助かりました。

    ありがとうございました。
    せいいっぱいのことをしてあげたいと思います。

    • ビデオ より:

      こんばんは、誰もが、答えは出せないですよね。今現在でもいろんな方が、悲しく悩んでいると思います。私の隣でも家内が寝てます。いつも言ってました。何日じゃあなく1日を大切にしようと、そして、さよならって、会社の人も気にせずに、奥さんの側にって、今もまだ生きたいと頑張ってます。回りが出来ることは、見守ってあげることだと思います、辛いでしょけど教える事より1日を大切にして下さい

    • わたしも父を4月前に亡くしました。まさかこんなに早く天国に見送るとは思いませんでした。癌の最期は、つるべ落としといいますが、あっと言う間でした。一緒にいる時間をとことん大切にしてください。苦しむ時間が短くてよかった…と思えるのは、あとになってからですが。

      •  今も毎日お父さんと話をしています。関わった愛の深さの分、魂が残ります。どうぞ残された一日一時間、一分を一緒に過ごしてください。ようやく精一杯の結果だと、納得できたのが4か月たってからの昨日でした。

  24. chii より:

    コメントが遅くなってしまってすみません。ご相談内容、アドバイスされている方々のアドバイスは、涙なしでは読む事が出来ませんでした。

    2年半前、父が亡くなりました。癌ではありません。私はアメリカに住んでいて、父が家で体調が悪いと篭っていると、母から聞いていました。いよいよ本人も大嫌いな病院に行くと言い、そのまま入院になりました。余命1ヶ月→1週間→数日・・・とどんどん短くなり、アメリカにいる娘さんは、まだ来れないのですか?と、担当医に催促される程でした。飛行機の中で走って早く日本に着くなら、ずっと走っていたかった。父を思い、声を出して家で泣いていました。

    私の祈り、家族の祈り、そして友人の祈り、そして父の祈りと頑張りで、意識がある父に会う事が出来ました。夜22時頃病院に着いて、翌日23時前に父は旅立ちました。私と息子の元気な顔を最後に見せられ、父が笑顔で迎えてくれたので、後悔する事は何もありません。一緒にいられた1日は、病室にいて、大人になってからはなかった事、足や背中をさすったり、私が着いた翌日には意識が薄れて来てしまいましたが、家族みんなで集まって、父を交えて話をしたりしてました。さすってもらっている感覚や、話している事は聞こえてたと思うので、最期に家族みんなでの時間を過ごせて良かったです。ただ、余命が1ヶ月との事だったので、帰りの飛行機までの1ヶ月の間は、お通夜や告別式、お墓探しなど、喜ぶ父の顔を想像して、全てを整えてアメリカに帰りました。

    お仕事に携わる事が生きがいなんでしょうね。どこかに行くのも難しい状態に感じますので、ご家族で過ごす時間を大事にされて下さい。アロマもリラックス効果があるので、いいかも知れませんね。

    伝えたい事、話したい事・・・たくさん話されて、たくさん触れ合って、たくさんの笑顔を見せて差し上げて下さい。日本は色々事が続きますので、体調も崩されずお過ごし下さいね。少しでも長く、幸せな時間が続きます様に!心よりお祈り致します。

  25. K より:

    父を看取ったのは11年前、私が20台前半の頃でした。
    事態はすでに、告知するかしないかの状態ではないと思いますので、最後まで告知をためらい、父が自分の人生を望む形で終えられたのか、今でも答えの出ない私から一言。

    聴覚は最初に発達し、最期まで残ると言われます。
    どうぞ、その時がきたら、最期まで話しかけ続けて下さい。
    心が落ち着く歌や、懐かしいわらべ歌でもいいと思います。
    例え、昏睡状態になっても声を出して、家族がそばにいることを伝えてあげて下さい。

    そして、最期は笑顔で送ってあげて下さい。
    私は最期は父の名を叫ぶばかりでしたが、後になって「最期に見る顔は笑顔で」とそれを実行した友人に言われました。

    どうぞ、少しでも後悔の少ない時を過ごされますよう。

  26. どんちゃん より:

    大変つらい状況が伝わってきます。
    私が中学時代(30年近くも前です)祖母が乳がんで亡くなった経験から言うと、「告知については、本人の性格や年齢・余命等を慎重に考慮すべきで、必ずしも必要とは思わない」と思っています。 
     祖母は67歳で乳がんと診断されました。ずいぶん前から、しこりを感じていたそうなのですが、がんと宣告されるのが怖くて、なかなか受診しなかったそうです。
    自分でもがんかも?と感じていたようですが、認めたくなかったことと、家族にも恵まれず、夫と早くに離婚し、子供は手放さなければならなかったため、苦労してやっと子供(私の父)と再開し、孫(私と弟)にも会えるようになったところだったので、父が告知を望みませんでした。  余命1年だったのですが、手術で片方の乳房を全摘し、化学療法もし、副作用に苦しんでいる姿を、心を痛めながら見ていました。
    家族が告知しないでほしいと病院側に伝えていたにもかかわらず、主治医が変わったとき、「僕は告知する主義だから」ということで、入院中の回診時に「あなたは乳がんだから」と何の配慮もなく病室(4人部屋)で言われた祖母は、ショックが大きく、今から思うとうつ状態になってしまいました。 睡眠・食事が十分にとれず、痛みもあって、かなり辛かったようですが、弱音さえはく元気もなくなって、見ているほうがつらかったと母が言っていました。  スーちゃんも亡くなる1か月前肉声を録音してたように、本人には最期が近いことが分かる人も多いんだと思います。  私は今の状況なら敢えて告知はせず、身近な人がしっかり愛情を伝えてあげることがよいのではないかと思います。 「幸せな人生でした」とス-ちゃんが言ってたのを聞き、そう感じられる人生はいいなと思いました。 周囲の温かい心が感じられたら、おのずとそう思うのではないでしょうか?  祖母には、私は最期には立ち会えませんでしたが、両親にはそう感じてもらえるように看取りたいと思っています。

  27. シュシュママ より:

    まだ間に合うでしょうか?
    お気持ち痛い程分かります。
    私も6年前がんで実父を亡くしました。
    その経験から少しだけコメントさせて下さい。

    意識不明になると声をかける事と、マッサージとひげそり
    位しかしてあげられません。

    残された側は、どんなに介護や声や手をかけたとしても
    「もっと何か出来たのではないか?」と考えてしまうものです。
    それは、愛情の証でもあるので仕方が無いのです。
    なので、お父様のわがままを聴いて上げて下さい。

    私は時間が戻せるのであれば、父が元気な時にビデオで声の入った
    映像を残しておきたかった。
    父を知らない今後生まれる子供たちの為に。

    ご家族のお体もお気遣いください。

  28. マックンベリー より:

    医療関係者です。お気持ちお察しいたします。
    ボディートークという自然治癒力を高めるエネルギー療法をお試しになられるのはいかがでしょうか。
    ボディートークジャパンHP
    http://www.bodytalk.co.jp/
    薬剤の使用もありませんし、痛みを伴うようなことも全くありません。
    全ての方に効果が期待できるというわけではありませんが、知り合いの腫瘍の縮小例や、余命数ヶ月と宣告された方の腫瘍消失例もあります。

    友人のHPです。
    (2010年3月20日をご覧下さいませ。)
    http://www16.plala.or.jp/love-thanks/bodytalk.html

    どうかお父様、たらpさん、ご家族の皆様が最善の方向に進まれますよう、心よりお祈りしております。

  29. メンタルやられまくってる就活生 より:

    私の母が末期ガンで、もう長くない、いつ死んでもおかしくない状態だと、本人から告げられました。
    僕はもう大学四年で覚悟はできていましたが、妹はまだ高1でよく理解できずに、でも、毎日泣いています。
    僕たちが残された時間でできることはなんだと思いますか?
    何をしてあげたら母は喜ぶでしょうか。親孝行もできずに、お別れなんで悲しすぎます。でも、何をしてあげたらいいのか分かりません。死んで欲しくないです。

    • まみむめも より:

      子を持つ母です。
      辛いですね。胸が苦しく涙が出そうです。
      母親立場からの勝手な意見になりますが、僕たちは大丈夫だよ!って元気な姿見せてくれるのが嬉しいです。
      うまく言えなくて申し訳ないですが、妹さんと仲良くしていたら、お母様嬉しいんじゃないかな。安心するんじゃないかなと思います。

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