昨日、3月22日は「双子の日」。
って、言うのは大嘘でケンとリュウの誕生日だった。

え〜っ!?
なんか11才になって、ますます理屈っぽくなってきたぞ。
誰かにそっくり。

と、ここで
「誕生日は一緒だけど2時間違い 」
のフレーズにまんまと反応した読者の方がいるのでは?
ふふふ、これぞ
自然分娩のなせる技。
(嗚呼、おそろしや〜!たたりじゃ〜!)
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2007/03/23 09:00 |
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(24)

メイも2才を過ぎ、子育ても日常化し始めた頃
次の妊娠がわかった。
しかも、一卵性双生児だということもわかった。
まだまだメイにも手がかかりノイローゼ気味ではあった。
しかし私はうすうす気がついていた。

その頃はよく近所のまま友達と集まっては
ワイワイと遊んでいた。
家に帰ってメイと1対1より精神的にもずっと楽だったし
メイもお友達がいた方がずっと手がかからなかった。
そして、その環境が兄弟の出現によって
自給自足になるのだ!
…と、本気で信じていた。
しかも下の子のお守りはメイがやってくれると思っていた。
たくさんの誤解と思いこみと幸せを腹にかかえて
私の2回目の妊娠生活が始まった。
メイの時はまだ仕事をしていたせいもあってか
十月十日は早かった。
しかし、今回は長い。とてもとても長く苦しかった。

と、ゲロはきながらお散歩したし、
7ヶ月を過ぎたあたりで、おなかの大きさは
臨月以上になり始め、その重さたるや相当のものだった。
双子といえば、一番心配されるのが早産だ。
しかし、周りの心配をよそに健康だけがとりえの私は
大きなトラブルもなく
早産どころか予定日を過ぎても陣痛が始まらなかった。
そして11年前の3月22日の早朝…

陣痛が始まった。
その時はついに2人に会える日がきた喜びと
この重い重い身体から解放される喜びで胸がいっぱいになった。
本当にその痛みは幸せな幸せな甘い痛みだった(続く)
あれ?笑うとこなかった?
え〜と、…続いてもいいかしら?
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2007/03/24 07:30 |
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(11)
本日のお話は昨日のサイドストーリーです。
いよいよ入院になった。
それまでメイと私は私の実家で過ごし
ダンナはマンションで一人暮らしだったが
私の入院と同時にダンナとメイは
ダンナの実家へ行くことになった。
しかし…

毎日、この状態だったそうだ。
私が無事出産を終え、退院するたった1週間の間で
ダンナは…

ちょうどその頃バブル崩壊後で、得意先が不渡りを出し
ダンナは、公私ともに精神的ダメージを受けていたようだ。
双子誕生のためにがんばったのはやはり私だけでなく
ダンナも姑シスターズもメイも、そして私の実家の家族も
とにかく本当にたくさんの人たちの協力があって
のことだったと思う。
そして、そのみんなで家族が増える喜びを
分かち合える中心に自分がいる幸せは、もう言葉にならない。
まだまだ続くよ!
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2007/03/25 08:00 |
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ダンナ | コメント
(14)
今日のお話は双子誕生!の続きです。
お急ぎでなければ昨日のサイドストーリーもぜひ読んでね!

…ということだった。
だから、私の中で憧れの女性は
由美かおるの次に
経産婦がインプットされていた。
そして私は陣痛の開始とともに姉と一緒に病院に向かった。
初めての時と比べると
陣痛の間隔か縮まってきても、そんなにつらくなかった。
しかし初産の36時間を考えると
「今日中に生まれればいいな。」ぐらいに思っていた。
ところが2時間過ぎたあたりで…

メイの時は、たしか浣腸とかの準備もあったのに
(そうそう、浣腸の後からどんどんつらくなったんだ!)
身体も心も準備のないまま分娩室へ移動になった。
しかも!

びっくりした。
メイの時はいきみがきた時、それを逃すのが大変だった。
(出産マニアな話になって、すまん。わかる人はわかる。)
しかし、今回は1回目のビッグウエーブに乗って出産は完了。
しかも何?この快感。
…続く!
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2007/03/26 08:00 |
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ケンとリュウ | コメント
(14)
今日のお話は昨日の続きです。
ケンをつるんと産んだ後は
まるで全てが終わったかのように静かになってしまった。

陣痛を待ったが、全くくる気配がなかったので
先生が人工的に陣痛をおこす方法にでた。
あくまで出産は自然にとこだわっていた私だが
この場合、仕方がない。
薬でも注射でもやってもらいましょう、と覚悟した。
しかし、その方法は

先生のゴッドハンドによってケンに遅れること2時間。
無事にリュウが産まれた。

最後に産まれてきたのは
先生も見たことがないと絶賛した巨大胎盤だった。
産みごたえとしては間違いなく3人目だった。
一卵性双生児はひとつの胎盤を共有するので
それなりにりっぱなモノだったらしい。
しかし、今回の出産で何が驚いたかって
先生も看護師さんも家族も私自身もびっくりしたのは…
ケン2510g Σ(O_O;)
リュウ3100g ( -`Д´-;A)
で保育器いらずだったことだ。
…もう少し続く!
やっぱり幸せもずっしり重い!
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2007/03/27 09:18 |
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ケンとリュウ | コメント
(21)

全てが終わりストレッチャーで
部屋まで運ばれる間にジワジワと幸せがこみ上げてくる。

メイの時はなかなか産まれなくて
病院と会社を何度も往復したダンナは
結局、メイが産まれた時は会社にいた。
そして、ケンの時は早く産まれすぎて間に合わなかった。
そういった意味では
ダンナの到着を待って産まれてきたリュウは孝行モノかも(笑)
詳しくはこちら。
そして翌日は、約束通り
姑シスターズとメイとシュークリームがやってきた。

そういえば、メイが産まれてから24時間いつも一緒だった。
こんなんに(2日)メイと離れていたのは初めてだった。
いつも振り回されながら子育てを必死でやってきた。
メイのことは自分が一番よく知っていると自負していた。
しかし、そこにいるメイは私の知らないメイだった。
何かと一生懸命戦いながら
必死でお姉ちゃんになろうとしているメイだった。
双子の誕生は同時にお姉ちゃんの誕生でもあった。
いろんな思いが頭を巡って
メイがしっかりと「バイバイ」と去って行った後も
私はしばらく涙が止まらなかった。
最後までおつき合いいただきありがとうございました!
このシリーズは完結します。
やはりこんなにたくさんの宝物を手に入れると
怖いモノなしです。
「母は強し」って、当たり前ですね〜。
ランキング急上昇!ありがとうございます!(さらに泣く!)
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2007/03/29 08:05 |
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(24)
昨日までのお話のおまけはケンとリュウの幼稚園時代。

この春から入園というお母さんもいらっしゃるかと
不安をあおる、こんな1年間を紹介。
やだやだも最初の1ヶ月と先生に励まされながら
結局1年間、ケンとリュウは抱えて登園した。
毎日毎日泣く方も泣く方だが
連れて来る方も連れてくる方だ。
それでも2年目からは普通に通えたのでご安心を。
ママ友が
「うちの子、幼稚園に行きたい日と行きたくない日があって
不安定なの。心配だわ。」と言っていたので
そういった意味ではうちの子たちは安定してる。
だって毎日行きたくないんだもん。
と、自分で自分を励ましたあの頃…(遠い目)
ケンとリュウはその頃の記憶があいまいで
私の苦労は、今となってはなんだったんだって感じです。
いやがる登園を強制するのは、
成長過程であまり影響はなさそうなので(たぶん)
がんがん登園させましょう!
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2007/03/30 07:56 |
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ケンとリュウ | コメント
(16)