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ARCHIVES/過去のブログ記事

あの名作をもう一度!さぁ、どっぷりファッジワールドへ!。
ブログ「7人家族の真ん中で。」が初めての方も、
最近のエントリーしか読んでない方も、もう一度読んでみたい方も、
気軽にブログが楽しんでいただけるよう、過去記事を編集し直してみました。

誕生日

 

昨日、3月22日は「双子の日」。

って、言うのは大嘘でケンとリュウの誕生日だった。



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え〜っ!?

なんか11才になって、ますます理屈っぽくなってきたぞ。

誰かにそっくり。

 

 

 

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と、ここで

「誕生日は一緒だけど2時間違い 」

のフレーズにまんまと反応した読者の方がいるのでは?

 

 

 

ふふふ、これぞ

自然分娩のなせる技。

(嗚呼、おそろしや〜!たたりじゃ〜!)

 

 

 

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双子誕生!

  
   
  
  

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メイも2才を過ぎ、子育ても日常化し始めた頃

次の妊娠がわかった。

しかも、一卵性双生児だということもわかった。

  
  
  
  
  

まだまだメイにも手がかかりノイローゼ気味ではあった。

しかし私はうすうす気がついていた。

  
  
  
  
 

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その頃はよく近所のまま友達と集まっては

ワイワイと遊んでいた。

家に帰ってメイと1対1より精神的にもずっと楽だったし

メイもお友達がいた方がずっと手がかからなかった。

 

 

 

そして、その環境が兄弟の出現によって

自給自足になるのだ!

 

 

 

…と、本気で信じていた。

しかも下の子のお守りはメイがやってくれると思っていた。

 

 

 

たくさんの誤解と思いこみと幸せを腹にかかえて

私の2回目の妊娠生活が始まった。

メイの時はまだ仕事をしていたせいもあってか

十月十日は早かった。

しかし、今回は長い。とてもとても長く苦しかった。

 

 

 

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と、ゲロはきながらお散歩したし、

 

 

 

 

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7ヶ月を過ぎたあたりで、おなかの大きさは

臨月以上になり始め、その重さたるや相当のものだった。

 

 

 

双子といえば、一番心配されるのが早産だ。

しかし、周りの心配をよそに健康だけがとりえの私は

大きなトラブルもなく

早産どころか予定日を過ぎても陣痛が始まらなかった。

 

 

 

そして11年前の3月22日の早朝…
 

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陣痛が始まった。

その時はついに2人に会える日がきた喜びと

この重い重い身体から解放される喜びで胸がいっぱいになった。

 

 

 

本当にその痛みは幸せな幸せな甘い痛みだった(続く)

 

 

 

あれ?笑うとこなかった?
え〜と、…続いてもいいかしら?
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双子誕生!〜サイドストーリー〜

  
  
 

本日のお話は昨日のサイドストーリーです。

  
  

いよいよ入院になった。

それまでメイと私は私の実家で過ごし

ダンナはマンションで一人暮らしだったが

私の入院と同時にダンナとメイは

ダンナの実家へ行くことになった。

  
  
  
  

しかし…

 
  
  
  

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毎日、この状態だったそうだ。

私が無事出産を終え、退院するたった1週間の間で

ダンナは…

 

 

 

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ちょうどその頃バブル崩壊後で、得意先が不渡りを出し

ダンナは、公私ともに精神的ダメージを受けていたようだ。

 

 

 

双子誕生のためにがんばったのはやはり私だけでなく

ダンナも姑シスターズもメイも、そして私の実家の家族も

とにかく本当にたくさんの人たちの協力があって

のことだったと思う。

そして、そのみんなで家族が増える喜びを

分かち合える中心に自分がいる幸せは、もう言葉にならない。

 

 

 

 

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ケンの誕生!

  
  
  

今日のお話は双子誕生!の続きです。

お急ぎでなければ昨日のサイドストーリーもぜひ読んでね!

 
  
  
  
  

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…ということだった。

だから、私の中で憧れの女性は

由美かおるの次に

経産婦がインプットされていた。

 

 

 

そして私は陣痛の開始とともに姉と一緒に病院に向かった。

 

 

 

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初めての時と比べると

陣痛の間隔か縮まってきても、そんなにつらくなかった。

しかし初産の36時間を考えると

「今日中に生まれればいいな。」ぐらいに思っていた。

 

 

 

ところが2時間過ぎたあたりで…

 

 

 


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メイの時は、たしか浣腸とかの準備もあったのに

(そうそう、浣腸の後からどんどんつらくなったんだ!)

身体も心も準備のないまま分娩室へ移動になった。

 

 

 

しかも!

 

 

 

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びっくりした。

メイの時はいきみがきた時、それを逃すのが大変だった。

(出産マニアな話になって、すまん。わかる人はわかる。)

しかし、今回は1回目のビッグウエーブに乗って出産は完了。

しかも何?この快感

 

 

 

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…続く!

 

 

 

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リュウの誕生!

  
   
   

今日のお話は昨日の続きです。

 
  
  

ケンをつるんと産んだ後は

まるで全てが終わったかのように静かになってしまった。

  
  
  

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陣痛を待ったが、全くくる気配がなかったので

先生が人工的に陣痛をおこす方法にでた。

あくまで出産は自然にとこだわっていた私だが

この場合、仕方がない。

薬でも注射でもやってもらいましょう、と覚悟した。

  



しかし、その方法は

 

 

 

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先生のゴッドハンドによってケンに遅れること2時間。

無事にリュウが産まれた。

 

 

 

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最後に産まれてきたのは

先生も見たことがないと絶賛した巨大胎盤だった。

産みごたえとしては間違いなく3人目だった。

 

 

 

 

一卵性双生児はひとつの胎盤を共有するので

それなりにりっぱなモノだったらしい。

しかし、今回の出産で何が驚いたかって

先生も看護師さんも家族も私自身もびっくりしたのは…

 

 

 

ケン2510g Σ(O_O;)

リュウ3100g ( -`Д´-;A)

で保育器いらずだったことだ。

 

 

 

…もう少し続く!

 

 

 

やっぱり幸せもずっしり重い!

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お姉ちゃん誕生!

  
  
  

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全てが終わりストレッチャーで

部屋まで運ばれる間にジワジワと幸せがこみ上げてくる。

 

 

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メイの時はなかなか産まれなくて

病院と会社を何度も往復したダンナは

結局、メイが産まれた時は会社にいた。

そして、ケンの時は早く産まれすぎて間に合わなかった。

そういった意味では

ダンナの到着を待って産まれてきたリュウは孝行モノかも(笑)

 

 

 

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詳しくはこちら

 

 

そして翌日は、約束通り

姑シスターズとメイとシュークリームがやってきた。

 

 

 

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そういえば、メイが産まれてから24時間いつも一緒だった。

こんなんに(2日)メイと離れていたのは初めてだった。

 

 

 

いつも振り回されながら子育てを必死でやってきた。

メイのことは自分が一番よく知っていると自負していた。

しかし、そこにいるメイは私の知らないメイだった。

 

 

 

何かと一生懸命戦いながら

必死でお姉ちゃんになろうとしているメイだった。

双子の誕生は同時にお姉ちゃんの誕生でもあった。

 

 

 

いろんな思いが頭を巡って

メイがしっかりと「バイバイ」と去って行った後も

私はしばらく涙が止まらなかった。

 

 

 

最後までおつき合いいただきありがとうございました!
このシリーズは完結します。
やはりこんなにたくさんの宝物を手に入れると
怖いモノなしです。

「母は強し」って、当たり前ですね〜。

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おまけ〜幼稚園時代〜

  
 
  
 

昨日までのお話のおまけはケンとリュウの幼稚園時代。 

  

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この春から入園というお母さんもいらっしゃるかと

不安をあおる、こんな1年間を紹介。

 

 

やだやだも最初の1ヶ月と先生に励まされながら

結局1年間、ケンとリュウは抱えて登園した。

毎日毎日泣く方も泣く方だが

連れて来る方も連れてくる方だ。

 

 

 

それでも2年目からは普通に通えたのでご安心を。

ママ友が

「うちの子、幼稚園に行きたい日と行きたくない日があって

不安定なの。心配だわ。」と言っていたので

 

 

 

そういった意味ではうちの子たちは安定してる。

だって毎日行きたくないんだもん。

と、自分で自分を励ましたあの頃…(遠い目)

 

 

 

ケンとリュウはその頃の記憶があいまいで
私の苦労は、今となってはなんだったんだって感じです。
いやがる登園を強制するのは、
成長過程であまり影響はなさそうなので(たぶん)
がんがん登園させましょう!

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