忘年会今昔(私の場合)4
今日も続編です→忘年会今昔(私の場合)
忘年会今昔(私の場合)2
忘年会今昔(私の場合)3

お義母さんはシングルマザーだ。(過去記事探してね)
クリーム少年(ダンナ)が2歳の時に離婚した。
その後は、定年まで市役所に勤めた。
お義母さんが、私に「母親は家にいなさい」としつこく言うのは
このあたりにルーツがあると思う。
さらに

実の親子や姉妹でも女が3人集まれば、もめる。
当時、幼稚園教諭だったおばさんは
ダンナを自分の幼稚園に入園させ
ダンナを連れて出勤し、帰りは市バスに乗せて帰らせていた。
小学校に上がってからは
そのほとんどをおばあちゃん(お義母さんの母親)が世話をした。
で、幼い日を振り返るにダンナは
「誰が、本当の母親なのかわからなかった」らしい。
3人から愛情をそそがれるのは、幸せなことだが
母親として、その発言は相当ショックだったのではないだろうか。
幸い、私が仕事にでなくても日々生活を送ることができる。
「仕事を持たないファッジさんは、老後の年金や蓄えが
心配かもしれないけど、私たちができるだけ残すから、
どうか仕事はしないで、子どものために家にほしい。」
と言われる。
今や働く女性が生活のためではなく
自己実現のためだとか、生き甲斐として職業を持つ
なんてことはめずらしくないが、
そんなことは通じない。
しかし、保育園の役員で家を空けるなんてかわいいもんで
それから7年の間に私は…

というほど、役が回ってきた。
この辺りは二世帯家族が多く
どのお宅も家族総出で 、役をこなしている。
ある時はおじいちゃんだったりおばあちゃんだったり。
核家族ではご主人が出るご家庭もある。
自慢じゃないが、我が家は全部私がやっている。
最近では、働くお母さんも多くて
学校にしろ地域にしろ集まりは夜が多い。
もはや、主婦に門限などない。
お義母さんがなんと言おうが、行かねばならぬのだ。

当たり前だが、子どももその間にすっかり成長し
母親を送り出すのも、心なしかうれしそうだ。
しかし、それと同時にお義母さんたちは年をとった。

と、相変わらず出かける時は後ろ髪を引かれるが、
ダンナには
「気にするな。たまには嘘をついてでかければいい」と
入れ知恵もされ、めでたく忘年会も皆勤賞になった。
最近では、子どもたちの方がおばあちゃんたちより
頼りになることが多い。
厳しいおばあちゃんは2人いるが
幸い私は子どもを3人も授かった。
日々進化してるのは嫁だけではないことも実感している。
さて、私とお義母さんの距離がその後どうやって埋まったかは
ぜひ、過去記事をさかのぼって読んでいただきたい。
忙しくて膨大な過去記事から探すのは大変な方には
家事の合間やトイレでも読める
↓こちらがおすすめです。

→アマゾンとか…
最後はちゃっかり書籍宣伝ですみません。
ブログをがんばったごほうびに出版させていただきました。
いよいよ年末!こっちは家族総出で新年の準備しますよ〜!
昨日はたくさんの応援クリックありがとうございました!
クリスマスもがんばって更新したかいがありました。
↓引き続き今日もよろしくお願いします!











